矢部太郎×ヨシタケシンスケ、売れっ子作家の意外な悩み

対談・鼎談

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大家さんと僕

『大家さんと僕』

著者
矢部 太郎 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
芸術・生活/コミックス・劇画
ISBN
9784103512110
発売日
2017/10/31
価格
1,320円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

【『大家さんと僕』大ヒット記念対談】矢部太郎×ヨシタケシンスケ 「考えちゃう派」の僕たち

矢部太郎さん
矢部太郎(やべ・たろう)
1977年東京都生まれ。お笑いコンビ・カラテカのボケ担当。芸人としてだけでなく、舞台やドラマ、映画で俳優としても活躍している。父親は絵本作家のやべみつのり。初めて描いた実話漫画『大家さんと僕』(新潮社)が20万部を越える大ヒットに。Webマガジン「PeLuLu」にて漫画「ニームの森」を連載中。

 作品のつくりかた

ヨシタケ こんなふうに自由にやっているだけで、出してくれる出版社と読んでくれる読者の方がいるなんて、世の中も捨てたもんじゃないなと思うことが多々あります。実は僕、絵本を描くよりずっと前にイラスト集を出させてもらったことがあるんです。でもそのときはまったく売れませんでした。でも、そのイラスト集を見た編集者の方が十年後に声をかけてくださって『りんごかもしれない』が生まれました。僕としては、当時も今もやっていることはほとんど変わらないつもりなのですが、工夫次第で必要とされるんだということに気づいて嬉しくなりました。

矢部 僕の場合は、実際にあったことを描いているだけなので、工夫をしようとか、読んでくださる方のためにこうしようとかはあまり考えていませんでした。だからストーリーに対しても、実際に反響がくるまではみんなが面白がってくれるのかどうかわからなくて不安でした。僕にとって大家さんはとっても魅力的で面白い人なんですが、みんなもそう思ってくれるかどうかは分からないじゃないですか。

ヨシタケ それが面白いというところがすごいです。それは矢部さんのセンスというか、才能ですよ。僕も『ヨチヨチ父』(赤ちゃんとママ社)というイラストエッセイを出しましたが、あったことをそのまま描くことの難しさを痛感しました。「エッセイ漫画って難しいんですよ」という東村アキコさんのオビ用のコメントにもある通り、あったことをそのまま描くと、実はあんまり面白くないんですよね。それが面白いというところが『大家さんと僕』の素晴らしいところだと思います。事実を頭の中で編集して、漫画として面白く読ませることができている。それってセンスと言ってしまえばそれまでですけど、「描かないこと」と「描くこと」を選ぶのって実は難しい。それを選び取って八コマに収められるなんてやっぱりすごい才能です。

矢部 ありがとうございます。僕は、八コマという枠組みがあることで、なんとかやれたのかなと思っています。僕はお笑いでもベタなことしかできないんです。お笑いを始めようと考えたときも、フリオチ、天丼、三段オチとか、そういう定型のお笑いの形があることを知って、自分でもできそうだと思えました。まったくゼロから発想するのは難しい。ヨシタケさんの、「こうでないといけない」というルールにとらわれないところには憧れもあります。

ヨシタケ 僕もゼロから発想するのは苦手です。実は『りんごかもしれない』の前に「絵本を描きませんか」と声をかけて下さった編集者さんがいらして、「何でもいいので絵本を描いてください」と言っていただいたのですが、逆に何にもできなかった。何を描いたらいいのか分からなかったんです。それまで十年くらいイラストの世界で「お題に応える」ことしかやってこなかったから何にも思い浮かばなかったんですよね。それにお題がないと、失敗したときに人のせいにできない(笑)。

矢部 全部の責任が自分にあるのが怖いってことですよね? 僕も同じで、だからピンネタが苦手なんです。コンビでやったネタは、半分は相方の責任ですから。

ヨシタケ そうそう、だから僕も最初に絵本を作ったとき、お題を編集者に、色をデザイナーに任せられたことですごく安心して取り組めました。いざというときに一緒に謝ってくれる人がいると思うとほっとするんです。絵本は「何か創りたいものがある人」じゃないと描いてはいけないんだと思っていたんですが、そうでもなさそうだということに気づいて、僕なりにやれるかもしれないと思えたんです。

矢部 「何でもいい」って難しいですよね。昨日も「大家さんとの最近のエピソード、何でもいいから教えてください」って言われて困っちゃいました。

ヨシタケ そういう依頼のスタイルを好む方もいらっしゃるんでしょうけどね。でも二人目に声をかけてくださった編集者さんは「やりたいことがなければ私のほうで企画を用意します」と、いくつか企画をご提案くださいました。その中に「りんごをいろんな目線で見てみる」っていうものがあったので、それをやることにしました。僕はつい考えすぎちゃう方なので「描くべき絵本とは」「子どもに読ませるべき物語とは」って構えてしまっていたんですけど、編集者の方のお題にちゃんと応えるという、イラストレーター時代と同じ心構えでやってみたらできたんです。

矢部 ヨシタケさんが一から作った絵本はないんですか?

ヨシタケ 『りんごかもしれない』を出した後、テーマがあれば描けるということに気づいて、最初に声をかけてくれた編集者さんに「テーマがあれば描けそうです」とお伝えしたところ「うそ」と「くせ」というテーマをくれました。それで『りゆうがあります』(PHP研究所)という本ができました。最初のうちの何冊かはそうやって作っていましたね。そのあと、自分で自分にテーマを課すということをやるようになって「死」をテーマに描けって自分にテーマを与えて描いたのが『このあとどうしちゃおう』です。今はこうやって、自分の中で会議をやって描くものを発生させるという作業をやっています。

矢部 それはすごく意外でした。ヨシタケさんの絵本は、絵も文字も多くてほかの絵本と違うオリジナリティがある。いろんなアイディアが次々に湧き出てくる人なんだと思っていました。

ヨシタケ 違うんですよ。これは単純に白い部分が怖いだけなんです。ぎゅうぎゅうに埋めないと怖い。どうせお買い上げいただくなら、少しでもお得なほうが喜んでもらえるはずだと思っているんです。

矢部 それまったく逆で、僕はなるべく減らしたいです。いっぱい描いて、面白くない部分まで入っちゃうのが怖くて。『大家さんと僕』で描いたエピソードやセリフも、自分の中でオーディションを繰り返して厳選したものを使っています。

ヨシタケ 『大家さんと僕』を読むと、それはすごく理解できます。絵もセリフも決して多くない。あれもこれもと欲張らず、かといっていい加減に減らしているだけではないからとってもスマートで読みやすい。

矢部 僕自身が文字の少ないエッセイや短い映画が好きだということも影響しているのかもしれません。また、お芝居や映画を実際にやっているのもあるのかなと思います。この演出、このシーンがなければもっとよかったのにって思いながら見てしまうんですよね。だから減らすほうに思考が訓練されている。そもそも僕は自分を出すのが苦手ということもありますけど。

ヨシタケ 選ぶ能力が高いんですね。「捨てたもののほうがウケたかも」と思うことはないですか?

矢部 僕の中では「これがダメなら捨てたあっちはもっとダメ」なんです(笑)。

ヨシタケ 真面目だなあ。僕は「沢山あったら、いくつかはイマイチなものがあって当然だから大目に見てね」って思いながら描いています。質より量の発想です。もともと、イラストの仕事は量をこなさないとダメですから。自分がどれだけ気に入っていても、依頼主から気に入ってもらえないとやり直しになるんです。ダメだったときに、組み立て直して違うものを出せるほうがいいと思ってる。だからダメだったときには何がダメだったかちゃんと知りたいとも思います。

矢部 ヨシタケさんは軽やかだし、やっぱりプロですね。芸人の世界でも、面白い人は面白いことをいっぱい言えるんです。でも実は面白くないこともいっぱい言っていて。つまり数を打つことが怖くない人なんです。僕はそれができなくて。下手なことを言うのが怖くて、トーク番組なのに何も喋らないままの日とかもあります。面白くないって思われるのが怖いんですよね。でも結局、なんにも言わないと面白くないんですよね……。

ヨシタケ 何でもいいから喋ったら、何かはウケるかもしれないっていう発想ですね。

イラスト=矢部太郎・ヨシタケシンスケ 写真=青木登

新潮社 小説新潮
2018年5月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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