矢部太郎×ヨシタケシンスケ、売れっ子作家の意外な悩み

対談・鼎談

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大家さんと僕

『大家さんと僕』

著者
矢部, 太郎, 1977-
出版社
新潮社
ISBN
9784103512110
価格
1,100円(税込)

書籍情報:openBD

【『大家さんと僕』大ヒット記念対談】矢部太郎×ヨシタケシンスケ 「考えちゃう派」の僕たち

 創作の原点

矢部 ルールに囚われないところがヨシタケさんの素晴らしいところだと思いますが、創作に影響を与えた絵本はありますか?

ヨシタケ 僕はかこさとしさんの『からすのパンやさん』(偕成社)という絵本がとても好きだったんです。パンが見開きいっぱいに並んでいるページがあって、毎日母のところに持って行っては「僕、今日はこのパンがいい!」と話していました。でも、そういう会話をした記憶もあるし、絵本の存在やそのページは鮮明に覚えているのに、ストーリーは全く覚えていなかったんです。絵本って、ストーリーを覚えていなくても、そのページのおかげで強烈に記憶に刻み込まれることがあるんですよね。僕もそういう絵本が作りたくて『りんごかもしれない』で、見開きいっぱいにいろんなりんごが並んでいるページを作りました。とにかくイラストや情報の多い絵本を作り続けています。

矢部 そういう原体験があったんですね。

ヨシタケ 絵本の世界はそれが成り立つんですよ。一般書の世界では許されないようなナンセンスな物語も許されたり、オチがないものがあったり、自由度が高いです。

矢部 面白いですね。そうだ、ヨシタケさんは本の装画のお仕事をされていたりもしますよね? 僕も先日初めて本の装画を引き受けたんです。ラフを送ってくださいと言われたので気軽な気持ちで描いて送ったら、すぐにオッケーがもらえました。そこでそれをもとに気合を入れて本番用の絵を描いたら「ラフのほうがよかった」って言われて、少し悲しくなりました。

ヨシタケ それって意外とあるんですよ。練習をしすぎたり、気合を入れすぎると本番でうまく描けない。

矢部 それ、お笑いの世界でもあります。リハでは本気を出さない、という暗黙の了解があるんです。

ヨシタケ たまにラジオに出させていただくんですけど、打ち合わせで盛り上がった話を本番でやると全然ウケなかったりしますよね。

矢部 当たり前ですよね、同じこと言ってるんだもん。

ヨシタケ 絵もそうなんですよ。

矢部 絵って、描けば描くほどよくなるものだと思っていました。

ヨシタケ そういう人もいます。でも、僕らみたいに考えすぎちゃう人で、しかも情報量が少ない、線が主体の絵だと特に描きこまない方がいいという傾向にあります。いくつか描いていても、最初に描いたものが一番いい、ということもしばしばです。

矢部 漫画家の朝倉世界一さんは下書きをしないという話を聞いたことがあります。お笑いやテレビの世界では「リハーサルです」と言われて撮って、撮り終わったら「実は今のは本番でした」と言われることもあったり。僕が出ていた「電波少年」なんかは台本すらなくて「はい、行ってきて」みたいな感じで……絵の世界でもあるんですね。

ヨシタケ ぶっつけ本番でも面白い。むしろそっちのほうがいいなんて、つまり僕らは絵がうまいってことですね(笑)。

矢部 いやいやヨシタケさんはそうでも、僕はまだそんなレベルには……。でも、今まで読んできた漫画入門とか絵の描き方の本にはそんなこと書かれてなかったです。ヨシタケさん、僕らみたいな、考えちゃう派なのに描きこまないイラストを描く人たちのための指南書を出してください!

イラスト=矢部太郎・ヨシタケシンスケ 写真=青木登

新潮社 小説新潮
2018年5月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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