矢部太郎×ヨシタケシンスケ、売れっ子作家の意外な悩み

対談・鼎談

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大家さんと僕

『大家さんと僕』

著者
矢部, 太郎, 1977-
出版社
新潮社
ISBN
9784103512110
価格
1,100円(税込)

書籍情報:openBD

【『大家さんと僕』大ヒット記念対談】矢部太郎×ヨシタケシンスケ 「考えちゃう派」の僕たち

初めて描いた漫画『大家さんと僕』が20万部を越える大ヒットになった矢部太郎氏と、『りんごかもしれない』で絵本作家デビューして以来、次々にヒット作を生み出すヨシタケシンスケ氏。脱力系の可愛い絵柄とほっこりした物語にファンの多い二人だが、実は意外な悩みを抱えていて――

 ***

ヨシタケシンスケさんと矢部太郎さん
ヨシタケシンスケさんと矢部太郎さん

 二人の共通点

イラスト=矢部太郎・ヨシタケシンスケ

─お互いの著作のファンであるというヨシタケさんと矢部さん。そもそもの出会いはどういったものだったのでしょうか。

矢部 実は、僕がヨシタケさんの著作を手に取ったのは割と最近なんです。『大家さんと僕』(新潮社)の発売後、仕事で地方へ行く度にその土地の書店さんを訪問して、サイン本を置かせてもらったりしていました。仙台の書店さんにお邪魔したとき「なにかお勧めの本はありますか?」と伺ったところ、ヨシタケさんの『あるかしら書店』(ポプラ社)を勧められました。それで初めてヨシタケさんの本を手に取りました。僕の父は絵本作家で、小さいころは父のものをはじめ絵本を沢山読んでいたのですが、今の僕は独身で子どももいないので、絵本からはすっかり遠ざかってしまっていました。ヨシタケさんの絵本は僕が知っている絵本とは全く違っていて、「こんな絵本もあるんだ」と、とってもびっくりしました。『このあとどうしちゃおう』『もうぬげない』(ともにブロンズ新社)が特に面白かったです。だから今日、お話が伺えるのをとても楽しみにしていたんです。

ヨシタケ ありがとうございます。お父様が絵本作家だったんですね。お父様はいつから絵本を描いていらしたんですか?

矢部 僕が小さいころからずっとです。小さいころはよく父が描いた絵本を見せられて、感想を求められていました。今ではそういうことはありませんが。

ヨシタケ 僕も『大家さんと僕』はもちろん読ませていただいています。書店さんで目について、面白そうだなあと。実際に読んでみて、すごく面白かったです。

矢部 ヨシタケさんにそうおっしゃっていただけるなんて嬉しいです。

ヨシタケ 実は僕も絵本を描くようになったのはつい五年前で、この業界ではまだまだ駆け出しなんです。もともとはイラストレーターとして、主に雑誌やパンフレットなどにイラストを描く仕事をしていました。それが五年前、ふとしたことがきっかけで絵本作家としてデビューして、それから絵本を描くようになりました。矢部さんもずっと芸人として活躍されてきて、急に漫画を描かれたわけですから、畑を変えたら思いがけず成功した、というところで僕たちは同じですね。

矢部 え、五年間であんなに沢山の絵本を描かれたんですか?

ヨシタケ そうです。実は僕は自分で色をつけないので、けっこう速いペースで描けるんです。

矢部 色をつけないって、絵本の世界ではよくあることなんでしょうか?

ヨシタケ いえ、みなさん自分で物語を考えて、絵を描いて、もちろん色もつけるのが普通の絵本作家です。僕が特殊なんです。

矢部 自分で色をつけようとは思わなかったんですか?

ヨシタケ 思いました。でも昔からずっと色をつけるのが苦手だったんです。僕が最初に出した絵本は『りんごかもしれない』(ブロンズ新社)なんですが、声をかけてくださった編集者さんにも正直に「色をつけるのが苦手だから絵本は難しいかもしれない」と伝えました。そしたら「色は無くてもいいからとりあえず描いてみましょう」と言ってもらえました。でも僕も上手くなりたいと思って頑張って色までつけたんですよ。それで出来上がったものを持って行ったのですが、やっぱり反応がいまいちで。「色はデザイナーさんにつけていただきましょう」ということになりました。でもそのおかげで、素敵な絵本になりましたし、結果として沢山の方に楽しんでいただける本になったので良かったなと思っています。

矢部 そこを割り切れるというのがすごいですね。

ヨシタケ 色を自分でつけた作品に自信があれば、そうはならなかったかもしれませんが、なんといっても昔から苦手なもので……だから素直に受け入れました。

矢部 こだわりとかはないんですか?

ヨシタケ ないですね。いいデザイナーの方に恵まれているので、全面的に信用しています。

矢部 そういうことも含めて、ヨシタケさんは自由ですよね。僕はどうしても「こうでないといけない」という思いが強くて。

ヨシタケ 僕にもありますよ。だからいまだに苛まれています。デザイナーさんに色をつけてもらっているのに「絵本作家」を名乗っていいのかなと。色をつけない絵本作家ってあんまりいないと思いますし。

矢部 確かに。モノクロの絵本ってあんまり見たことないですよね。

ヨシタケ そうなんです、まったくないこともないのですが、モノクロの絵本を出して、それで売れているわけではないので所在ない思いです。僕の中ではイラストも絵本も、やっていることはあまり変わっていないんです。僕と矢部さんの共通点として、それまでも同じようなことをしていたけれど、表現の仕方を変えたら意外と沢山の方が喜んでくださった、ということがあるのではとも思いました。大家さんとのことだって、もともと漫画にしようと思われていたわけではないですよね?

矢部 そうですね。僕も初めて漫画を描いて、沢山の方に読んで、喜んでいただけているのは嬉しいのですが、なんだか急に漫画家のふりさせてもらっているみたいで恐縮な思いです。

ヨシタケ その気持ちは僕もよく分かります。世の中には、絵本作家になりたくて勉強をしている人が沢山いることも知っているので申し訳ない気持ちが常にあります。矢部さんも同じ気持ちだと知ってほっとしました。

矢部 そうなんですよ。やるからには全力でと思って、一生懸命取り組んでいますが、僕なんて特にまだ一冊しか出してないのに「漫画家」って名乗るのもおこがましいなと思っています。漫画の基本も、業界のルールもわからないままですし。

ヨシタケ でも、ある意味それは強みとも言えると思います。初心者だからこそ、業界のルールに縛られずやれることもある、そんな二人なわけです(笑)。

イラスト=矢部太郎・ヨシタケシンスケ 写真=青木登

新潮社 小説新潮
2018年5月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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