貧困、性、そして家族……つながれてきたバトン 窪美澄×一木けい〈女による女のためのR-18文学賞出身作家対談〉

対談・鼎談

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じっと手を見る

『じっと手を見る』

著者
窪美澄 [著]
出版社
幻冬舎
ISBN
9784344032750
発売日
2018/04/05
価格
1,540円(税込)

1ミリの後悔もない、はずがない

『1ミリの後悔もない、はずがない』

著者
一木 けい [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103514411
発売日
2018/01/31
価格
1,540円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

【女による女のためのR-18文学賞出身作家対談】窪美澄×一木けい つながれてきたバトン

新人作家は不安だらけ

一木 窪さんは『ふがいない僕は空を見た』が話題になって、山本周五郎賞も受賞されましたが、いつ頃からお忙しくなられましたか?

窪 『ふがいない僕は空を見た』の刊行後は、ライター業もやりつつ、そこにいろんな官能小説の依頼が来て、でもその前から進んでいた『晴天の迷いクジラ』(新潮社)の書き下ろしもあったので、かなり追われていました。また、当時は息子が高校生で、毎朝お弁当を作らないといけなかったんです。半分寝ながら朝からカツを揚げたりしていました。とにかくお金とご飯と息子のことで頭がいっぱいでした。

一木 想像を絶しています。いろんな出版社さんからの依頼があったかと思いますが、どうやって応えていたんでしょうか?

窪 そうですね。もちろん同時に全部は引き受けられないので、声をかけてくださったところから順番に、という感じでした。でも一木さんも本を出されたから、いろいろな出版社さんから依頼が来ていますよね? 次の小説も新潮社さんからですか?

一木 ポプラ社さんで書き下ろしで進めている長編があります。今月の「小説新潮」に載っている短編も、もっと膨らませて、連作短編のような形で書き進められたらと思っています。あとはいくつかの出版社さんから小説やエッセイの依頼をいただきました。私は、本を出したら小説雑誌からエッセイの依頼が来るということを知らなくて。エッセイの依頼に応えることが、小説を依頼していただくことにつながるということもつい最近まで知りませんでした。新潮社の編集者さんを介して教えていただいたメールアドレスにご連絡を差し上げると、そちらの出版社さんともやり取りが始まるのですが、何が普通で、何が失礼に当たるのか、そういったことも全く分からず戸惑いました。エッセイも書いたことがなかったし、自分のキャパシティも分からなくて、全部を引き受けていていいのかなと。でも受けないのも失礼に当たるようなと思ったり……。

窪 そういうのは本当に誰も教えてくれないし、分からないんですよね。「新人作家マニュアル」が欲しいくらいです。でも分からないときは担当の編集さんや私に聞いてください。私じゃなくて、同時期にデビューされた他の作家さんでもいいと思いますが、分からないことだらけなので気軽に聞ける人を見つけるといいと思います。私は同じ年にデビューした作家に、朝井リョウさんと柚木麻子さんがいるので、分からないことは二人に聞いて解決していました。ところで一木さん、この本はどのくらいで一冊にまとまったんですか?

一木 二〇一六年の五月が授賞式で、その時に初めて打ち合わせをしましたので一年八ヶ月くらいです。窪さんはもっと早くに出されていますよね?

窪 私は、受賞の知らせを受けて、新潮社に最初の打ち合わせに行ったとき「来年の授賞式には本が出ているようにしたいですね」と言われて、それからもう必死になって書きました。受賞のお知らせから新潮社到着までは嬉しくてずっとうきうきしていたのですが、本を出すためにはこれから二ヶ月に一本のペースで小説を書き進めていかなくてはいけないと聞いて、これからが大変なんだと実感させられました。R・18文学賞は短編の賞なので、受賞しただけでは一冊の本になりません。だから他の新人賞に比べてハードルが高い。それでも新潮社主催の賞を受賞して、新潮社からデビュー作が出せるというのはすごく幸運なことだと思います。

一木 私も最近R・18文学賞でデビューできてよかったなと身に沁みて感じています。窪さんはじめ目標になる先輩作家がたくさんいらっしゃるし、その向こうには選考委員の先生方がいらして、さらにその向こうに……と想像すると、途方もなく遠いところからつながれてきたバトンを渡されているように感じます。

窪 昔、瀬戸内寂聴さんが、ご自身が書いた小説を批判されたとき、「新潮」に反駁文を書かせてくれと編集者に頼んだら「小説家ののれんをかかげた以上、どんな悪評も受けるべきだ」と一蹴されたことがあったそうです。それ以来、瀬戸内さんは新潮社のロゴが入った、白地に緑の新潮社オリジナルの封筒が家に届くと気持ちがぴりっとする、とエッセイで書いていらしたのを読んでいたので、私にも同じ封筒が届いたとき「これがあの有名な緑の封筒か」と、思ってどきどきしました。有吉佐和子さんの『恍惚の人』が売れたおかげで新潮社の別館が建ったというエピソードを聞いたときも、出版業界の歴史を垣間見た気がしました。本を出したおかげで、末端ではありますがその一員になったと思うと、やはり書き続けていかなくてはいけないなと思います。

一木 心に刻みます。窪さんのように書き続けられるようにするにはどうしたらいいのでしょうか?

窪 周りの意見や評判を気にすることもありますし、それもある意味では大事なことですが、自分で「書けた」という実感を大切にしてほしいと思います。でも「書けた」と思えたからといって、それが売れるわけではないというところがまた難しいところなのですが。また、今はこういう厳しい状況なので、出版社から本が出せる、出していただけるということだけでものすごくありがたいということも忘れたくないですね。一木さんはいま依頼が沢山来ている状況だと思いますが、その依頼にこつこつ応えていくことが何より大事です。書いていくのが難しいと思ったときでも「書かない」ではなく「書こうとする」姿勢は崩さないでいたほうがいいと思います。一木さんはおっしゃらないと思いますが、「書くのを辞めます」なんて絶対に言わないでください。私は新人賞をいただいたということは出版業界と「書き続けます」という約束を交わしたということだと思っています。

一木 はい、言いません。窪さんとお約束します。

これからのR・18文学賞

─最後に、これからR・18文学賞に応募してくれる応募者の方へのアドバイスをお願いします。

一木 一番他人に見られたくないことを書くといいのではないかな、と思います。自分のことでもいいし、自分が頭の中に思い描いている妄想でもいいです。見られたくない、普段喋らないことを人は知りたがるから、誰にも知られたくないことを書くといいんじゃないかなと思っています。

窪 それはそうですね。最初にあった「性」というテーマは、一木さんがおっしゃったようなことを書きやすいんですよね。言いにくいこととか、世間から指をさされるようなことでも「性」というテーマに乗せると不思議と書けることがあるんです。そうすると、自分の中でハードルがぽんっと超えられるようなところがあると思います。

一木 そうなんです。思い切って書いてみたら、意外と共感を得られたりもするんですよね。読む人は、自分が普段言えないことをこの人が書いてくれたって嬉しくもなるし。私も読み手としては、そういうものを読んでみたいと思います。

窪 柚木麻子さんがおっしゃったことなんですけど、R・18文学賞って北関東のバレー部みたいな存在ですよね(笑)。みんなもともと文章力という基礎体力が高いのに、更にそれぞれが肩を鍛えて、得意分野を伸ばしている集団。R・18文学賞と一括りに言っても、歴代の受賞者の作風はけっこうバラエティに富んでいますよね。私や一木さんはたまたまこういう作風ですが、豊島ミホさんや吉川トリコさんみたいなガーリーなものや、宮木あや子さんのような骨太なもの、蛭田亜紗子さんみたいなほの暗いエロさが魅力的な作風の方もいらっしゃいます。あと山内マリコさんや彩瀬まるさんも、独自の世界観をお持ちです。とにかくいろんなタイプの小説や作家が出てくる賞のほうが健全だなと思います。R・18文学賞は、新潮社が主催しているということもあって、ある種の重みがありますし、歴代の受賞作もわりとふわふわしているように見えても骨太の作品が多いという印象があります。それがいいところでもあるんですけれど、それに囚われなくていいと思います。今までのカラーにこだわらず、自分にしか書けない何かを追い求めてほしい。歴代の受賞者の傾向を見て、作戦を練ったりする必要もないです。書きたいものを集中して書いて、情熱を込めてバンっと投げてくれたら、そこには何か光るものがあるんじゃないかと。文章としての完成度が多少低くとも、選考委員の方々は必ず拾ってくださると思います。

─窪さん、一木さん本日はありがとうございました。

写真=菅野健児

新潮社 小説新潮
2018年5月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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