<東北の本棚>無謀な行軍の実態暴く

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<東北の本棚>無謀な行軍の実態暴く

[レビュアー] 河北新報

 1902(明治35)年1月、雪中行軍のため青森の屯営を出発した陸軍第八師団歩兵第五連隊は、八甲田山中で遭難する。将兵199人が死亡する大惨事となった。長く歴史に埋もれていた未曽有の山岳遭難事故は、71年の新田次郎の小説「八甲田山死の彷徨(ほうこう)」と77年の映画「八甲田山」により表舞台に登場する。多くの人が小説の内容を史実と受け止めるようになった。
 著者は1997年に陸上自衛隊に入隊し、青森市の第5普通科連隊に配属された。15年後に幹部となり第5連隊の隊員として雪中行軍のことを知るべきだと考え調査を始める。第5連隊が64年に最後の生き証人である小原忠三郎元伍長に行った聞き取り調査のテープを入手。新田の小説と現実との隔たりの大きさに気付いた。
 陸軍の残した記録は大臣報告、遭難顛末(てんまつ)書、遭難始末があるが、生存者の証言、自治体や警察の記録、膨大な新聞記事などを調べるうちに、陸軍の史料がいずれも大きく改ざん、捏造(ねつぞう)されていたことが分かる。陸自5連隊で体験した現在の八甲田演習とも比較しつつ、事前演習、編成方法、装備などの問題点をあぶり出していく。そして何が悲劇を引き起こしたのかを、遭難前史、行軍準備、行軍開始、捜索と救助の在り方など、時系列に沿って緻密に検証した。
 著者が導いた遭難の実態は「無能な指揮官の命令によって、登山経験がない素人が準備不足のまま、誰もルートを知らない八甲田山に挑んだ」ことにある。指揮官の第五中隊長を差し置いて無謀な行軍を命じた第二大隊長。隊員は大半が宮城、岩手県出身で雪の怖さを知らない。事前訓練も装備の検討もせず、地図さえ持たない行軍だった。真実を後世に伝えなくてはならないという著者の使命感がひしひしと伝わる。
 著者は1958年五所川原市生まれ。青森地方連絡部などにも勤務した。2012年に3等陸佐で退官し、本書の執筆を始めた。
 山と渓谷社03(6837)5018=1836円。

河北新報
2018年5月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河北新報社

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