実在のお店と料理人をモデルに――イタリア料理への愛情に満ちた長編小説『食堂メッシタ』 山口恵以子・インタビュー

インタビュー

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食堂メッシタ

『食堂メッシタ』

著者
山口恵以子 [著]
出版社
角川春樹事務所
ISBN
9784758413206
発売日
2018/04/12
価格
1,430円(税込)

書籍情報:openBD

【特集 山口恵以子の世界】著者インタビュー

[文] 角川春樹事務所

山口恵以子
山口恵以子(やまぐち・えいこ)
1958年東京都生まれ。早稲田大学文学部卒。会社勤めをしながら松竹シナリオ研究所でドラマ脚本のプロット作成を手掛ける。2007年『邪剣始末』でデビュー。13年、丸の内新聞事業協同組合の社員食堂に勤務するかたわら執筆した『月下上海』で第20回松本清張賞を受賞。他の著書に「食堂のおばちゃん」シリーズ、『毒母ですが、なにか』などがある。

小誌(「ランティエ」)連載「食堂のおばちゃん」シリーズも大好評の山口恵以子による最新作は、なんと実在の料理人から着想を得た書き下ろし長篇! 美味しい料理の数々と、凜と生きる料理人の姿を描いて、イタリア料理への愛情に満ちた本作は、一体どんなふうに生まれたのか――?

 ***

――最新刊の『食堂メッシタ』ですが、既刊『食堂のおばちゃん3』でお店の名前が登場していますね。

山口恵以子(以下、山口) はっきり言えば、宣伝です(笑)。『食堂のおばちゃん3』を読んでこの本に出会うと、「あのメッシタだ」とわかっていただける。逆にこの本を読んでから『食堂のおばちゃん3』を読んでいただくと、「メッシタが出てきた」と楽しんでいただけるでしょうから。

――メッシタは実在のお店とうかがいましたが、そのお店を題材に小説を書こうと思われたきっかけは何だったのでしょうか。

山口 三年くらい前、角川春樹さんに連れられて初めてメッシタに行きました。何回か連れて行っていただきましたが、どの料理もとても美味しくて。いろいろ注文して、食べさせていただきました。そうしたら、後で私のことを「あれはすごかった。あんなに食う女、見たことない」といろいろな方にお話しになっていたそうで……(苦笑)。

――お客さんとして、お店に出会われたんですね。

山口 お店自体の雰囲気も、オーナーシェフである鈴木美樹さんのお料理も、大好きでした。その後、角川さんから「メッシタが来年の三月で終わる」と聞いたんです。自宅を改装して新しくレストランにし、そちらで営業することになった、と。

――だから目黒にあったメッシタは閉店された、と。

山口 鈴木さんは料理を続けているけれど、あの場所や雰囲気などすべてを含めた「メッシタ」はなくなってしまう。それは非常に残念なので、「ストーリーはフィクションで構わないので、あの店の雰囲気と料理を小説に残しませんか」というお話でした。私としても、「ぜひ」とお返事しました。

――実在のお店と料理人をモデルにして書くにあたり、どのような取り組み方をされたのでしょうか。

山口 メッシタはカウンターに丸い高椅子があるくらいの、五坪程度の店でした。鈴木さんひとりでやっていて、店内や食器、お料理自体も、飾り気がなくてシンプル。でも味は超一流なんです。イタリアから直輸入した素材で勝負していて、例えばブッラータチーズはミニトマトを添えて、オリーブオイルを少しかけるくらい。かと思えば、じっくり手をかけて煮込んでいるような料理もある。これはどこかの雑誌に書かれていたことですが、「一見すると誰でも作れそうな料理だけど、誰も作れないレベル」。「こういう料理が書きたいな」という気持ちが大きかったですね。

■物語はフィクション、料理は実録、を徹底しました。

――鈴木さんにも、お話を聞かれたそうですが。

山口 本人に会って、いろいろな話を聞きました。とてもチャーミングな女性です。でも彼女の人生をそのままドキュメンタリーとして書くのは、私の手には余る。お店の雰囲気や料理、彼女の働き方についてはドキュメント、ストーリーについてはフィクション、でいくことになりました。

――鈴木さんが話してくださったことは、どのような内容だったのでしょうか。

山口 メッシタというレストランの場所自体が、目黒駅から徒歩二十分くらいかかるんですよ。ああいう所で店を始めようと思ったことからしてすごい。小説ではメッシタのオーナーシェフ・蘇芳満希について書こうと決めたライターの宮本笙子が「最初から、自信あった?」と聞くと、彼女は「もちろん」と答えます。でも実際は、鈴木さんは「いや、なかった」とおっしゃったんですよ。私は、内心自信がなければ、あの立地は選べなかったのではないかと思うんですけどね。

――それだけの覚悟で臨んでらっしゃったんですね。

山口 鈴木さんは本当に思い切りのいい、決断力のある人です。「ハンサム・ウーマン」という感じですね。初めてメッシタに行った時、彼女のムダのない動きに感心したんです。コックピットみたいな小さい厨房で、ぎゅうぎゅうに詰めて十二人くらいのお客さんをひとりでさばいていて。

――小説では、満希がイタリアで料理修業をする過程が描かれています。それも、鈴木さんに聞いた話を基に描かれたのでしょうか。

山口 話を聞いたのが書き始める前だったので、大雑把にしか聞いてなかったんです。実際に書き始めると、具体的な部分をもっと調べる必要が出てきました。鈴木さんはまず、外国人を対象とするイタリア料理の学校・ICIF(イチフ)で学んだんです。その学校のことも調べましたし、彼女が連載していた雑誌や『イタリア料理教本』(柴田書店)などを参考にしながら「こんな感じじゃないかな」と想像していきました。

――事実を基に、フィクションとしてストーリーを膨らませていったんですね。

山口 実際にイタリアで鈴木さんが出会った人間関係とは違っているけれど、彼女から聞いた、修業したレストランは全部ミシュランの星つきだったことや、彼女がいた時に一つ星から二つ星になった店があることは反映させています。私は料理人の修業をしたことはないしイタリアにも行ったことはないけれど、実際に修業なさった方やイタリアを旅行したことのある方にも、リアリティを感じていただけるものにしたいと思いました。

――確かに、イタリア食紀行のような感じで楽しく読みました。

山口 中には私が食べたことのない料理も出てくるので、例えばバターでソテーしたのか、揚げたのか、それともボイルした後に何かしたのか、といった調理法の判断がつかなかった箇所もあります。そういう部分は鈴木さんにチェックしてもらいました。

――そうした、フィクションとノンフィクションの融合が興味深い作品になっていると思います。

山口 物語はフィクション、料理は実録、を徹底しました。

――この作品には満希と笙子の他に、満希の師匠であるイタリア料理人・楠見、満希がイタリアで恋に落ちるラウル・ペッツォーリなどが登場します。彼らも架空の存在ですか?

山口 楠見さんは、鈴木さんが長年働いていた店のボスで、イタリア料理界でも有名なシェフだった澤口知之さんについて彼女から聞いたエピソードを活かしている部分もあります。実際の澤口さん自身とはいろいろな違いがあるでしょうけど、職人肌な方であったことは間違いないようなので、そこは共通しているのではないかと思います。ラウルとのエピソードは、「イタリアで恋をした」という鈴木さんの言葉から生まれたフィクションです。イタリアの男性って、基本的にみんないい男ですよね。私、イタリアのサッカーチームを見た時に全員モデル系の美男ぞろいだったことにびっくりしちゃって。それでサッカーファンになったようなものです。ロベルト・バッジョ様は、私のアイドルでした(笑)。

――ではラウルは、バッジョのような男性をイメージして読むといいかも?

山口 私のイメージでは、パオロ・マルディーニみたいな超いい男ですね。

――それは、絵になりますね。そうした素敵な男性が登場する場面は、自然と筆ものったのでしょうか。

山口 そうですね、フィクションならではの楽しさのある部分ですし。あと、満希がイタリアで修業中に出会う、お父さんがお茶の水博士みたいで息子たちがイケメンな一家も楽しく書けました。

――こうして『食堂メッシタ』を書き上げた今、どんなことを感じてらっしゃいますか?

山口 「できるだけのことはやったかな」と思います。まさか自分が小説にするとは思わずにメッシタの料理を「美味しいな」と味わっていたのですから、面白いものですね。私は社員食堂で“食堂のおばちゃん”をしていたけれど、料理人として修業したこともないし、経営についてあれこれ考えたわけでもありません。でも料理は本当に奥深い世界で話は尽きないですし、そこに携わっている人もいろいろな方がいますし。もしまたこうした、実在のお店や料理人を題材にする機会があれば、「やってみたいな」と思いました。

――ぜひ、楽しみにしたいと思います。そして、『ランティエ』では「食堂のおばちゃん4」も好評連載中です。

山口 シリーズものはどうしても巻を重ねるごとに尻すぼみになりかねないけれど、『食堂のおばちゃん』は読んでくださっている方たちが「三巻目が一番面白い」と言ってくださるんです。それが本当に「よかったな」と。

――巻を重ねるなかで、登場人物にも変化や成長が生まれてきているように感じられるのですが。

山口 最初、私は一巻だけで終えるつもりだったんですけどね。それが、はじめ食堂の発端となる「一子さんと孝蔵さんが食堂を始めた頃の話を」というお話があって。それで二巻を書いたら今度は「一巻の続きを書かないか」と。自分でも意外でしたが、一巻で書いたキャラクターたちが三巻でもう少し深くなってくれました。事件と料理といろいろな登場人物とのからみも、とても上手くいったように思うんです。

――これまで書いてこられたなかで、特にお気に入りといいますか、筆がのったキャラクターは誰でしょうか。

山口 メイさん(青木皐)は、思わず創ってしまったキャラクターなんです。「はじめ食堂の人たちがはとバスツアーに行く話」を書こうとしてパンフレットを見たら、六本木のショーパブ『金魚』に行くコースがあって。「こういう店、いいな」と思って書き始めたら、赤目万里くんの中学校の同級生が出てきました。

――『食堂のおばちゃん』ワールドが既に確立しているからこそ、でしょうか。

山口 そうですね。苦労なしにすいすい書けて、ある意味、本当に相性のいい題材だったんですね。実際に食堂のおばちゃんだった私に『食堂のおばちゃん』を書くよう言ってくださった角川さんは、本当に慧眼だったと今になって思います。すっかり、私の代表作になりました。

――読者としては、この先の展開も気になります。例えば一子さんの健康問題とか……。

山口 シリーズの終わりが来るとしたら「一子さんの最期」かな、とは思います。でも、現役の人って強いんですよね。百歳のおばあちゃんでも、一日中ではなくても卵焼だけは出てきて作る、という食堂もありますし。一子さんも、まだまだ元気でしょう。

構成:金井まゆみ/人物写真:三原久明

角川春樹事務所 ランティエ
2018年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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