『じっと手を見る』 窪美澄著

レビュー

5
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じっと手を見る

『じっと手を見る』

著者
窪美澄 [著]
出版社
幻冬舎
ISBN
9784344032750
発売日
2018/04/05
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『じっと手を見る』 窪美澄著

[レビュアー] 朝井リョウ(作家)

打ちのめされる正直さ

 読後、この本を手渡してみたいと思う人々の顔が脳裏に浮かんだ。そう書くと、心が幸福で満ちるような読後感に包まれる本だと思われそうだが、違う。私はこの本を手渡すことで、その相手に、自分が矛盾だらけで不完全でどうしようもない人間であることを全て隠さず打ち明けたくなった。そして、その上で関わり合いたいと願うほどあなたは大切な存在なのだと伝えたくなった。窪美澄の作品は、本を閉じた後にいつも、暴力的ともいえる正直さのようなものを全身の真ん中に宿してくれる気がする。

 物語の舞台は、富士山が“誇るべき世界遺産”としてではなく、外の世界へ出ようとする者を阻む壁のように感じられる町。そこで介護士として働く、かつて恋人同士だった日奈と海斗。東京からその地に通う既婚者の宮澤は、日奈に、ここではないどこか広い世界の存在を匂わせる存在だ。離婚により子どもの親権を失い住居を転々とする畑中は、町に残り続ける海斗に同僚としても異性としても深く関わっていく。死へ向かう人間たちに触れ続ける介護という仕事、その中で手を伸ばしては離れゆく愛(いと)しい人たち。連なる七つの物語を読んでいると、容赦ない心情描写に打ちのめされながらも、実は心の形を整えられているような感覚にも陥る。それは、著者が思想の深いところで、生きていく人間を信じていることが行間から伝わるからだろう。

 帯には“恋愛小説”とあるが、そんなジャンル分けを無に帰すような広い響きを持つ小説だ。恋愛とはつまり他者と関わることであり、私たちは他者と関わってやっと自分を探り始められるのだと痛感させられる。他者と触れ合い初めて知ることができる自分自身の死角と余白。他者と何度もぶつかりながらも何故(なぜ)かどうしても変わらない自分の膿(う)んだ部分。そのどちらとも向き合うことから逃げなければ、見知ったハッピーエンドとは違う人生だって、きっと、愛することができる。そう信じたくなる一冊だ。

 ◇くぼ・みすみ=1965年、東京都生まれ。2011年に『ふがいない僕は空を見た』で山本周五郎賞を受賞。

 幻冬舎 1400円

読売新聞
2018年5月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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