<東北の本棚>西郷の戦い 武士の矜恃

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遺訓

『遺訓』

著者
佐藤, 賢一, 1968-
出版社
新潮社
ISBN
9784104280032
価格
2,090円(税込)

書籍情報:openBD

<東北の本棚>西郷の戦い 武士の矜恃

[レビュアー] 河北新報

 明治維新によって徳川幕府は終焉(しゅうえん)、資本主義国家へとかじを切った。しかし武士の時代が一気に終わったわけではない。庄内(山形県)と薩摩(鹿児島県)は政府の施策を無視し、旧藩時代の軍事力を温存した。最大の反乱が西郷隆盛を神輿(みこし)に担いだ西南戦争だ。政府の近代化に抵抗したのは「武士の矜持(きょうじ)」と物語は説く。
 戊辰戦争で奥羽諸藩は敗れたが、庄内藩は西郷の配慮により軽い処分で済んだ。理由は定かではないが、戊辰戦争での庄内藩の奮戦ぶりを西郷が高く買ったとの説がある。以後、西郷に急接近する。主人公・沖田芳次郎は旧庄内藩士で、薩摩へ赴き西郷の護衛役を務める。
 佐賀の乱、萩の乱と、倒幕の中心になっていた旧藩の士族たちが政府に弓を引く。なぜか? 時代が変わり、刀を解かれ、特権を剥奪された。秩禄(ちつろく)処分で事実上、給与を失う。新しい時代に、武士はもはや居場所がなくなっていた。
 政府の威光が通用しないのが、西郷のいる薩摩だった。芳次郎が見たのは、血気にはやる私学校の士族たち。しかし西郷は専ら狩りをし、超然としていた。物語は、政府側から薩摩の暴発を挑発するストーリーが展開される。「武士は邪魔じゃろか。日本の行く末に、あってはならん悪じゃろか」。西郷はつぶやく。
 庄内は薩摩と盟約を結んでいた。薩摩が立てば、庄内も立つ。南と北から中央政府を挟み撃ちの手はず。しかし、西郷の指示は「庄内は立つな」であった。日本人同士で争っている時ではない。列強がアジアに進出している。「外国勢力から国を守れ。それが武士の役割」と説く。西郷は、サムライの精神、武士としての矜持を物語の中で語り掛けているようだ。戦いに敗れ、自刃する。後に、西郷の言葉を「遺訓」の形でまとめたのが旧庄内藩士たちだった。
 著者は1968年生まれ。鶴岡市在住の直木賞作家。
 新潮社03(3266)5111=2052円。

河北新報
2018年5月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河北新報社

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