『宿命 警察庁長官狙撃事件 捜査第一課元刑事の23年』
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『宿命 警察庁長官狙撃事件 捜査第一課元刑事の23年』原雄一著
[レビュアー] 大塚創造
■ニッポン警察敗北の裏面史
平成7年3月30日朝。警察庁長官だった国松孝次氏が東京都荒川区の自宅マンション前で撃たれた。評者は社会部時代、国松氏に取材する機会を得、その瞬間に何を考えていたか聞いたことがある。「油断した。しまった」と思う一方、意識が薄れる中で、「大学の同級生と昼食会を予定しており、『キャンセルしなくてはいかんかなー』とつまらんことも考えていた」。
国松氏がニッポン警察のトップとして「油断」と捉えた事件は、警視庁公安部がオウム真理教による組織的犯行とみて捜査。16年には元信者で元警視庁巡査長ら3人を逮捕したが、検察は嫌疑不十分で不起訴処分とした。
一方、4年に発生した警察官殺害事件を捜査していた警視庁刑事部は15年、関係先の家宅捜索で大量の拳銃や「March30,1995」と銃撃事件発生の年月日を題した一編の詩などを発見。捜査線上に浮上したのは、過去に警察官殺害事件で服役し、当時は現金輸送車襲撃事件で起訴されていた男だった。
刑事部捜査1課で長く刑事を務め、28年に警視庁を勇退した著者は本書で、足かけ7年、計215日間にわたる男との事情聴取でのやり取りなどをつづった。「警察庁長官を狙撃したのは私だ。暗殺目的で狙撃した」。20年にはそんな供述も引き出したが、逮捕に至ることはなかった。
本書では警視庁幹部とのやり取りも詳述。「なぜ、犯人が捕まらないか分かるか」。著者はあるとき警視総監からそう問われ、答えあぐねていると「公安部が捜査しているからだよ」と言われた。公安部長は、著者が班長を務めていた捜査班にこんな奇妙な指示も出していた。「立件を目指す捜査は困るが、さらに捜査を突き詰めてほしい」
22年3月に銃撃事件が時効を迎えた際、公安部長は「オウム真理教信者による組織的テロ」とする内容の捜査結果を公表。男に対する捜査のことには一言も触れなかった。一貫して「オウム犯行説」を崩さなかった公安部にとって大前提の見直しは自己否定につながる。本書はニッポン警察敗北の裏面史でもある。(講談社・1600円+税)
評・大塚創造(文化部編集委員)