少女時代のきらめきと心の傷と、ある秘密

レビュー

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少女時代のきらめきと心の傷と、ある秘密――【書評】『つながりの蔵 』瀧井朝世

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 少年少女の物語から濃密な恋愛小説、さらには家族をテーマにしたシリアスな長篇まで、さまざまな作品を発表している椰月美智子。新作『つながりの蔵』は、少女たちの物語。あの年頃ならではの豊かな感受性を、追体験させてくれるような内容だ。

 舞台は新潟。結婚し、夫や子どもたちと暮らす江里口遼子の元に、幼なじみの美音から小学校の同窓会の誘いがくる。すでに欠席の返事を送っていた遼子だが、美音から藤原四葉が出席予定だと聞いて心が動く。四葉は二人にとって、忘れがたい体験をさせてくれた女の子だったのだ。

 小学校五年生だったあの頃。のんびりとした性格の遼子は、利発で目立つ存在の美音から「お気楽でいいよね」と言われるようなタイプだったが、二人はいつも一緒に行動をしている。五年生になって彼女たちとはじめて同じクラスになったのが四葉で、おとなしいがいつもにこにこしていて、「不思議ちゃん」と呼ばれている子だ。だが、どこかすべてを見透かしているような、達観した雰囲気の持ち主でもある。ある出来事をきっかけに親しくなった三人は、四葉の家で遊ぶように。そこは広大な屋敷で、母屋のほかに池のある日本庭園や家庭菜園、祠、隠居部屋と呼ばれている離れ、そして古めかしい蔵がある。四葉の家は女系家族で、曾祖母、祖母と母親の四人で暮らしているという暮らしぶりも知り、ますます魅せられていく遼子。そしてある時、四葉のおばあちゃんの御詠歌の哀しい内容を耳にして泣き出した美音を慰めるために、四葉はある秘密を彼女たちに明かしてくれる――。

 描かれるのは、思春期にさしかかった少女たちのきらめくような日々だ。学校ではクラスメイトたちのグループ分けや関係性を把握しつつも、特に気にせずマイペースに過ごしている様子。家ではノートにポエムを綴りはじめるが、そのあまりにもあどけない内容がなんとも可愛く、少しずつスキルアップしていく様子も微笑ましい。映画研究部に所属する兄の頼みで、茶色いつなぎ服を着てモグラに扮し、嫌々ながらも素直に撮影に臨む姿も愛おしい(兄の作ったこの映画のストーリーが荒唐無稽・捧腹絶倒もの)。四葉の家が「幽霊屋敷」と呼ばれていると知っても安易に乗じず、悪ノリで流された噂だときちんと判断できる一面もあり、この年代ならではの幼さと分別の融合を丁寧に描き出せるのは著者ならではだろう。

 ほのぼのとした少女の世界が広がるなか、つねに感じられるのは死の影だ。美音はずっと病を抱えていた弟を亡くしているし、遼子の祖母は次第に身体に不自由をきたし、怪我をして入院してしまう。大切な人を突然喪うことがあると大人は充分、分かっている。ただ、まだ小学生の少女たちにとって、覚悟なく突然訪れる別れは残酷なものだ。特に美音は大好きだった弟に対し一瞬「いなくなればいいのに」と思ったことを悔い、罪悪感を背負っている。取り返しのつかないことをしたと思う彼女に、ある奇跡をもたらしてくれたのが、四葉なのである。

 正直に言ってしまえば、人生そんなに甘くない。生きていれば後悔や喪失の哀しみは誰もが経験することであり、それは心の底に積もり、簡単に消えたりはしないものだ。でも、あまりにも輝かしい日々を送る少女たちに対しては、そんな痛みからは解放されてほしいと思わずにはいられない。だからこそ、この物語の展開に、心が温まるのは確かだ。

 また、本作の美点は、大人になった遼子が喪失とどう向き合ってきたかも、きちんと描かれているところだろう。彼女に関しては少女時代の体験があったからこそ乗り越えられたともいえるが、奇跡が起きなくても、人は哀しみと折り合いをつけて生きていくものだと教えてくれているのが、この物語なのだ。きらめきと温かさと微笑ましさのなかに、人生の真実も盛り込まれている。繊細な年頃の少年少女に贈りたい一冊である。

KADOKAWA 本の旅人
2018年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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