一気に開花した中国に起きていた小さな変化

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中国新興企業の正体

『中国新興企業の正体』

著者
沈 才彬 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784040821979
発売日
2018/04/07
価格
1,034円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

一気に開花した中国に起きていた小さな変化――【書評】『中国新興企業の正体』富坂 聰

[レビュアー] 富坂聰(ジャーナリスト・拓殖大学教授)

 いつか誰かがきちんとした本にまとめるのではないか――。そう考えてきたところに、タイムリーな本の登場である。

 中国社会に起きていた小さな変化は、二〇一七年に一気に開花したように感じられた。その劇的な変化をあますことなく、そして面白く描き、読者を新しい中国を見る視点へと誘ってくれるのが『中国新興企業の正体』である。

 本の中身については、楽しみにページをめくってもらうとして、私は、この変化がなぜ日本で起きていないのか、という視点から少しアプローチしてみたいと思うのだ。

 実は、私自身、これからの日本がさまざまな意味から「停滞の苦しみに耐える時代」に向かうことが避けられないと考えている。

 本書が描く大テーマの一つ、フィンテック革命(スマホ決済革命)における日本の出遅れもその大きな一要素だ。

 いま、中国のほとんどの若者はスマホ一台を持つだけで出歩いている。財布は本当に持っていない。

 こうしたライフスタイルの変化が、なぜ、日本から中国へという方向で流れていかなかったのか。

 こう書くと日本人的な上から目線だと思われるかもしれないが、現実に新たなライフスタイルが中国から日本に入り込むなどといえば、抵抗を感じる日本人は実際に少なくないはずだ。

 本書の記述を引用すれば「スマホ決済、ネット通販、シェア自転車、出前アプリ」という新四大発明。これは、どれ一つとっても日本でできないものはない。というよりも日本人からすれば、「なーんだ」という程度の感想かもしれない。

 実は、ここにキーがある。

 私は「本厚木、海老名問題」とこれを名付けている。といってもなかなか通じにくいので、噛み砕いて説明したい。

 厚木と海老名というのは、神奈川県西部にある中規模な都市の名だ。両市には、小田急線が通っており、厚木市にある本厚木駅は特急が停まる駅として知られてきた。本厚木はデパートから商店街まで比較的充実していて、乗降人口も大きかったので当然だろう。

 だがいま、小田急線の特急は本厚木駅ではなく手前の海老名駅に停まり、本厚木をスルーしてしまうパターンが以前よりも増えてきているのだ。もともと田んぼと畑しかないと笑っていた本厚木の人々には衝撃であったはずだ。

 なぜか。理由は簡単である。本厚木駅と海老名駅の三十分圏内アクセス人口が、いつのまにか逆転してしまったのである。

 実際、海老名駅に降りてみると大型で最新の複合施設が駅周辺を埋めていて、賑わっている。

 賢い読者にはもうお分かりかと思うが、ポイントとなるのは「いつのまにか」という言葉であり、また「比較的充実していた」という状況である。

 例えば、フィンテック革命を日本で実現しようと考えたとしても、大きな抵抗が予測される。まず銀行である。新しい動きが起きれば、必ず損をするものも出てくるのが世の常である。この場合、損をするのは銀行である。中国ではアリペイ(アリババのスマホ決済システム)とウィーチャットペイ(テンセントが進めるスマホ決済システム)の浸透により、銀行が将来、危機に陥ることを政治が容認したのである。

 これと同じ決断を日本ができるかといえば、それが難しいという点が問題なのだ。

 例えば、EV(電気自動車)へのシフトにしても、日本にはあまりに優れた内燃機の技術があることで、そうした技術を支えている優れた中小企業が一気に困難に直面するような選択ができるのか、といえば難しい。

 中国はないからこそ先端技術を取り込むことができるのである。その日本が直面する危機を知る上でも、本書から中国の変化を学ぶべきだろう。中国の新興企業の動向を通して、日本が停滞するといわれる理由も見えてくるのではないだろうか。

 ◇角川新書

KADOKAWA 本の旅人
2018年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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