『ライシテから読む現代フランス』 伊達聖伸著

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『ライシテから読む現代フランス』 伊達聖伸著

[レビュアー] 宮下志朗(仏文学者・放送大特任教授)

テロをきっかけに変容

 二〇一五年一月、風刺新聞社が襲撃された「シャルリ・エブド事件」を受け、「私はシャルリ」のデモ行進がフランス各地で行われた。国会ではテロリズムが糾弾され、国歌「ラ・マルセイエーズ」が斉唱され、首相は「ライシテ」の価値を強調した。しかし、その後も一一月にパリで同時多発テロ事件が起こった。

 ライシテ(laI¨cite)とは、「世俗的(非宗教的)であること」、すなわち「政教分離」を意味するフランス語で、共和国を支える理念である。革命でカトリックを国教から外したフランスは、三色旗(共和国)と十字架(キリスト教)がせめぎあう一九世紀を経て、一九〇五年に政教分離法を制定した。その第一条に「共和国は良心の自由を保障する。(中略)自由な礼拝の実践を保護する」とある。本書は、第一条が国家と宗教の分離を定める第二条に先行することに注目しつつ、ライシテの歴史と現状を論じている。

 政教分離の問題は従来、主としてカトリックの学校を対象とした私学助成の是非をめぐる、共和派とカトリックとの対立として認識されていた。それが一九八九年、イスラムの女子生徒がヴェールをかぶって公立学校に登校して論争となった「スカーフ事件」が起き、最終的に二〇〇四年、公立学校での「誇示的な」宗教標章の着用が禁じられる。二〇一一年には、公的秩序維持を理由として、公共空間でのブルカ(全身を覆うヴェール)の着用が禁止され、ライシテは、共和国への同化とムスリムの宗教的表象という問題、さらにテロ対策の論理に変容していった。

 著者は、プロテスタントが殺人の汚名を着せられて死刑になった「カラス事件」、ユダヤ人将校がスパイの嫌疑をかけられた「ドレフュス事件」と、フランスにおける宗教的少数派迫害の歴史をふり返り、「スカーフ事件」は「ドレフュス事件」の反復かと問いかける。ライシテを共生のためのプラットホームと考えてきた私には、この変容が悲しい。

 ◇だて・きよのぶ=1975年仙台市生まれ。上智大准教授。著書に『ライシテ、道徳、宗教学』など。

 岩波新書 840円

読売新聞
2018年5月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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