早くも今年の歴史小説ベスト10入り! 「肥前の妖怪」描く

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

かちがらす : 幕末を読みきった男

『かちがらす : 幕末を読みきった男』

著者
植松, 三十里, 1954-
出版社
小学館
ISBN
9784093864930
価格
1,925円(税込)

書籍情報:openBD

「肥前の妖怪」鍋島直正の“真意”を描く秀逸の一冊

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

 私は、本書を読み終えて、しばし、嗚咽が止まらなかった。五感が、この濁世(じょくせ)に得難き清廉の一巻に出あえた、という感覚に打ち震えていたからに他ならない。

『かちがらす』――本書は、現時点における植松三十里の最高傑作であり、気がはやいという方がおられるかもしれないが、今年の歴史小説のベスト10に確実に入る作品であろう。

 主人公は、幕末の佐賀藩主である鍋島直正。「肥前の妖怪」とか「佐賀の日和見(ひよりみ)」とか、とかく評判の良くない人物である。

 しかし、優れた作家の卓越した史眼があれば、それは、百八十度違うものとなる。事実、直正は、早くから海外の事情に目を向けており、幕末、佐賀の技術は、当時の最先端をゆくものであった。

 反射炉の建設をはじめとして、鉄の鋳造、大砲の製造、蒸気船の建造等々――これらは、幕府からも、倒幕派からも求められたが、直正は、徳川慶喜に対してさえ、「武器は置物であることが、何よりの役目かと存じます」といい放っている。

 彼の目指しているのは、あくまでも中立の立場だ。幕府の背後にはフランスがおり、倒幕派の背後にはイギリスがいる。

 開国か攘夷か――その動乱の中で慶喜は「佐賀だけが無傷で生き残るつもりだな」と直正に詰め寄る。が直正は、「内乱が起きないと確定するまでは、佐賀は、どちらにも加担はいたしません」とも「日本のためなら、私も藩も泥をかぶる所存です」とも答える。

 すると、どうであろうか。

「そなたが日和見の汚名を着るなら、私も日本を守り通すために」「最後の将軍の汚名を着よう」と慶喜も声を震わせる。

 このとき、直正は既に死病に取り付かれており、この命懸けの君臣の情は、読んでいて、正に肺腑をつかれる思いである。

 君臣の情ということでいえば、直正と側近・古川松根(まつね)のそれも手巾をしぼるほどだが、ここでは、題名となっている“かちがらす”について触れておきたい。

 かちがらすとは、別名、かささぎ。もとは豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に連れてこられて、野に放たれたもの。カチカチと鳴くことから、そう呼ばれ、勝つということばから武家には縁起がいいとされ、冒頭、直正のお国入りを出迎えるように現われる。

 そして最後、再び現われたかちがらすは何を告げるのか。それは是非、読者御自身の眼で確かめられたい。

 正に感動の一巻といえよう。

新潮社 週刊新潮
2018年5月24日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク