出世のために事件にしたい――そして第二の事件へ、女刑事ミステリ

レビュー

5
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平凡な革命家の食卓

『平凡な革命家の食卓』

著者
樋口有介 [著]
出版社
祥伝社
ISBN
9784396635435
発売日
2018/04/11
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

難事件を大胆不敵に解決 野心溢れる女性刑事の魅力

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 探偵は事件のMCだ。

 マスター・オブ・セレモニー、つまりショーの演出を一身に引き受ける進行役である。MCが雰囲気を殺せばショーはおとなしくなり、暴れれば一気に盛り上がる。

 樋口有介『平凡な革命家の食卓』の鍵を握っているのも、そんなMC、野心溢れる一人の刑事である。初めはごくありふれた出来事のように見えた。東京・国分寺署の管轄内で死体が発見される。亡くなった増岡誠人(まさと)は元中学教師で、初当選を果たしたばかりの新米市会議員だった。医師の診断は急性心不全、つまり病死である。

 だが、その診立てに不満を抱く者がいた。刑事課の卯月枝衣子警部補である。いずれは警視庁捜査一課に転属したいと考える彼女は、田舎臭い所轄署での勤務に飽き飽きしていた。もしかすると、この市会議員の死には事件性があると主張すれば、うまく転がしていけるかもしれない。それで功名を上げられれば、出世の糸口になるではないか。

 うまく上司を丸め込み、卯月はあるのかないのかもわからない事件捜査の主導権を握ることに成功する。増岡家に近接するアパートにはスクープに飢えたジャーナリストや、自称作家志望の世捨て人など、変わり者が揃っていた。卯月の行動は彼らも巻き込んでいく。そのことが、第二の事件につながっていくのだ。

 樋口有介は私立探偵・柚木草平シリーズ(本書にも彼についての言及がある)などの軽妙な作風で知られる作家だが、洒脱な物語の中でいきなり人間の深い内面を暴き立て、読者を驚かせることがある。本書にもそうした一面があり、関係者たちの静かな暮らしには、捜査がきっかけで波風が立ち、普段は見えなかった感情が浮かび上がってくる。そんな風に他人の秘密を暴いておきながら一切動じることのない卯月枝衣子は大したタマである。また一人、楽しみな探偵が誕生したものだ。

新潮社 週刊新潮
2018年5月24日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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