[本の森 医療・介護]『小屋を燃す』南木佳士/『黙過』下村敦史

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小屋を燃す

『小屋を燃す』

著者
南木 佳士 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163908199
発売日
2018/03/29
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

黙過

『黙過』

著者
下村敦史 [著]
出版社
徳間書店
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784198646080
発売日
2018/04/21
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

[本の森 医療・介護]『小屋を燃す』南木佳士/『黙過』下村敦史

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 南木佳士の作家デビューは一九八一年。医師として難民救援医療団に参加し、タイ・カンボジア国境で任務に従事しているときに自作が新人賞を獲得したことを知った。以来、医業と作家業を並立させて現在に至っている。新作『小屋を燃す』(文藝春秋)は四篇から成る作品集であり、勤務していた総合病院を定年退職した後の、静かな日々が綴られた心境小説である。

 南木の作品は、神の如き執刀医が奇跡を起こしたり、未知の奇病の脅威が語られたりするような煽情には走らず、あくまで自らの医業を土台として、見聞の範囲に収まることを書き続けたものだった。作家自身の言葉を借りればそれは「日常にあたりまえのようにひとの死がある身の置かれた異様な状況を、書きことばを用い、本質をあぶりだすための手段として虚構を駆使し、他者に伝える作業」だったのである。医師である自分と折り合いをつけるため、と言い換えてもいいのではないだろうか。

 収録作のうち対をなす「小屋を造る」「小屋を燃す」の二篇は、語り手が同世代の仲間と掘っ立て小屋を造り、後にそれを壊すという物語で一見医療とは何の関係もない。だがその中には、すでに人生の玄冬を迎えた人々の、己が死を見つめる視線が描きこまれている。「小屋を燃す」の結末では生者と死者が肩を並べて一つの炎を見つめる。その美しい風景に胸を打たれた。

 毛色の違う小説をもう一冊。『黙過』(徳間書店)は乱歩賞作家・下村敦史による初の本格的な医療ミステリーだ。五篇が収められた短篇集なのだが、通して読むと一つの主題が姿を現わすような構成になっている。

 その構造は手の指によく似ている。最後の一篇が親指で、他の四指を受け止めるようになっているのだ。巻頭に置かれた「優先順位」は臓器移植を巡る物語である。一人の患者を巡って二人の医師が衝突する。肝臓移植をできればその患者は助かる。しかし提供者のあてはない。であれば彼をこのまま死なせ、その臓器を他の患者に移植させて多くの命を救うべきではないか。その意見に対し、それは数の論理にすぎない、ともう一人の医師は反発するのだ。

 こうした形で、病と命を巡るエピソードが配置されている。詐病と介護を巡る話、畜産業者を過激に批判する動物愛護団体、そして学術調査官として不正を働いたと批判される細胞研究者。それら四つの物語が最後の一篇、「究極の選択」に接続していく。そこで見せられるものに読者は思わず息を呑むことだろう。

 下村は気鋭の作家だが、斬新な着想と、物語が帯びるべき現実性との釣り合いがとれていないと感じることがある。本作にも同傾向を感じるが、そうした弱点を撒き餌に用いてでも大仕掛けを成立させることを選んだようだ。覚悟の程を御覧じろ。

新潮社 小説新潮
2018年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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