繭と物語――『雲の果(はたて)』著者新刊エッセイ あさのあつこ

エッセイ

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雲の果

『雲の果』

著者
あさの, あつこ, 1954-
出版社
光文社
ISBN
9784334912208
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

繭と物語

[レビュアー] あさのあつこ(作家)

 遠野屋清之介と木暮信次郎。二人の男を核とした、わたしにとって初めて手掛けた時代小説、『弥勒の月』が世に出てから、既に十二年が過ぎた。そしてこの五月、八巻目となる『雲の果』が刊行された。十二年の歳月、八巻という巻数。正直、ここまで続くとは思ってもいなかった。時代小説が書きたくて、大人の男を書いてみたくて、どうしようもなくて、何の当てもなく書き始めた弥勒の世界は、この『雲の果』を境にして、少しずつ変容していく予感がする。どんなふうにと問われたら答えようがないのだが(我ながら無責任発言ですみません)、この物語を執筆している最中、ずっと追いかけ、見詰め続けた(ストーカーもどきに)二人の、今まで捉えてきたのとは違う一面がふっと浮かんだ気がしたのだ。それを説明するのは困難だし、必要もないと思う。「この先の弥勒の世界を書きます。だから、読んでください」としか今のわたしには言えない。でも、この『雲の果』は、八巻目にしてエポック・メーキング(些か大仰すぎる表現ですが)な作品になると思うのだ。信次郎がやけに信次郎らしく、清之介がまさに清之介そのものの巻だった。だからこそ、この先、その“らしさ”“そのもの”の姿が変わっていくのではないだろうか。蛾の幼虫が育ち切ったとき糸を吐き、繭を作り、その中でゆっくりと変態していくように。
 ここに出てきた山羽繭(やまばゆう)も蛾もわたしの創作だが、昔、山で大きな繭を見た記憶がある。雑木の枝に葉に包(くる)まるようにしてぶら下がっていた。当時は、わたしの住む地域でも養蚕が行われていたから蚕の繭は目に馴染んでいたし、刺蛾(いらが)などの卵形の繭も知っていた(蛇足ですが、刺蛾の蛹は釣餌になるそうです)が、その薄緑の繭はどちらとも違っていた。美しいと子どものわたしは感じた。その記憶が、今回の作品の基になっている。記憶の繭から糸を手繰り出し、織り上げた一編。あなたは、どんな結び方をしてくれるだろうか。

光文社 小説宝石
2018年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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