女に生まれ変わらされた〈俺〉 現代に通じる40年前のジェンダー小説

レビュー

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新しきイヴの受難

『新しきイヴの受難』

著者
アンジェラ・カーター [著]/望月節子 [訳]
出版社
国書刊行会
ISBN
9784336062505
発売日
2018/03/27
価格
2,640円(税込)

書籍情報:openBD

40年前のジェンダー小説 現代につながる先見性に拍手!

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

 どうして、これほどの作品が今まで訳されなかったのか。いや、今こそ訳すタイミングとしてはバッチリ。そんな相反する思いが交錯する長篇小説が、アンジェラ・カーターが一九七七年に発表した『新しきイヴの受難』だ。後年、翼が生えた大女のブランコ乗りを主人公にした『夜ごとのサーカス』で、男性性がリードする従来のピカレスクロマンにはなかった柔らかな冒険の形を提示することになるカーターにとって、これはジェンダー問題と剥き身で向き合った、かなり過激な問題作といえる。

 ロンドンからニューヨークへやってきた〈俺〉ことイヴリンが、十七歳の黒人女性とねんごろになったものの、妊娠で熱が冷め、強制的に堕胎手術を受けさせた後、逃げ出してしまう――というゲスの極み的展開の後が愉快痛快。砂漠の真ん中で迷ってしまった〈俺〉は、電気砂橇(すなぞり)に乗った女に捕らえられ、地下の街ベウラに拉致されてしまうのだ。

 そこは、巨体の〈ホーリー・マザー〉が君臨する女だけの街。マザーの施術によって、完璧な女性に生まれ変わらされた〈俺〉は、自分の精子による“処女懐胎”を強要されそうになり、逃亡する。ところが、今度は〈詩人ゼロ〉というセクハラとパワハラの権化のような男に捕まって、性の奴隷にされてしまうのだ。と、ここまでが物語中盤。

 イヴリン/イヴが経験する奇想天外な冒険と、〈俺〉から〈あたし〉へと意識が移ることで変わっていく魂のありようを描いて、これはたしかにジェンダーをテーマにした物語ではある。でも、決してゴリゴリのフェミニズム小説ではない。

 スピーディでスラップスティックな語り口と、ダメ男が自分の中の男性性に復讐される展開が驚きと笑いを生む、コミックノベルとしても冴えた一作なのである。四十年も前に、性差による諸問題の告発かまびすしい現代を予見するかのような物語を書き上げていた先見性に拍手!

新潮社 週刊新潮
2018年5月31日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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