人気翻訳家が編んだユニークなアンソロジー
[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)
翻訳小説を読む時、作家よりも訳者名で選ぶ人も多いだろう。人気翻訳家は数多くいるが、その一人が岸本佐知子。翻訳だけでなく、編者をつとめたアンソロジーも何冊か発表している。
なかでも人気なのが『変愛(ヘンアイ)小説集』(講談社文庫)。現代の英米の短篇から、どこかヘンテコだったりいびつだったりする愛の形を描いた作品を集めた一冊だ。アリ・スミスの「五月」では女性が一本の木を熱烈に愛し、A・M・ホームズの「リアル・ドール」は兄が妹のバービー人形に恋をする。第二弾も出ており(単行本のみ)、そちらは昨年ブッカー賞を受賞したジョージ・ソーンダーズなどの作品も収録されている。
このたび文庫化されたのは、その第三弾『変愛小説集 日本作家編』。編者に指名された十一名の作家が書き下ろした奇妙な愛の形が並んでいる。参加作家は川上弘美、多和田葉子、吉田知子、深堀骨、安藤桃子、吉田篤弘、小池昌代、津島佑子ら一筋縄でいかない愛を書きそうな作家ばかりで、セレクトのセンスに感嘆。本谷有希子は藁の夫とのコミュニケーションを、村田沙耶香は二人でつきあうカップルは古く、今や三人で交際する「トリプル」が流行している世界を、星野智幸は定年を迎えた男がカラスに憧れる姿を描く。
これらを読むと、一般的な概念にとらわれない熱情を抱く人々のほうが「真実の愛」を知っているのではないか、と思えてくる。彼らの純粋さ、生を実感する様は、羨ましくなるほどだ。
岸本佐知子編訳のアンソロジーといえば『居心地の悪い部屋』(河出文庫)もユニーク。まぶたの縫合を終えたシーンから始まるブライアン・エヴンソンの「ヘベはジャリを殺す」、かつて憧れた同級生らしき女性を不気味な場所で見かけるアンナ・カヴァン「あざ」、朝起きると両足が取れていたというリッキー・デュコーネイの「分身」など、不穏な十二篇を収録。変愛シリーズと重複する書き手もいるが、日本でまだ知られていない作家との出会いが待っていることも、こうしたアンソロジーの魅力だ。