『咲見庵三姉妹の失恋』
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〈『咲見庵三姉妹の失恋』刊行記念対談〉燃え殻×成田名璃子/小説は炎上しない!
[文] 新潮社
『ボクたちはみんな大人になれなかった』で大反響を呼んだ燃え殻さん。
三時枚の甘くて苦い恋を描く『咲見庵三姉妹の失恋』を刊行した成田名璃子さん。
二つの“失恋小説”の著者が初対面で語る、東京、恋愛、そして小説。
カッコつけることを恐れない
燃え殻 『咲見庵三姉妹の失恋』、面白かったです。川越のお祭りのシーンとか、音や匂いがするようで。三姉妹、居候の薫と、いろんな視点で描かれているので、物語世界が俯瞰で見えてきて、奥行きが感じられました。
成田名璃子(以下、成田) わあ、ありがとうございます。
燃え殻 ぼくの小説は真逆で、ずっと一人の視点で進むので、糸井重里さんに「ギター一本で演奏するブルースみたい」っていってもらったんですけど、成田さんの小説は反対に、何十種類もの楽器で演奏するオーケストラみたいですよね。
成田 うれしいです。燃え殻さんの作品は都会的で素敵でした。私も同世代なので「あ、あの頃の東京だ」って。私は上京して背伸びして、渋谷のユーロスペースでバイトしてたんですけど、結局東京に馴染めず「負けた」という思いがあったので、うらやましかった。
燃え殻 ユーロスペースなんて東京カルチャーのド真ん中じゃないですか! ぼくも「寺山修司特集」とか通ってました。一緒の女の子に「よく来てるんだ」って顔して、チラシ漁ったりして(笑)。
成田 ぜったい私がチケット切ってたと思います(笑)。そこで一生懸命イラン映画とかロシア映画とか観てたんだけど、ぜんぜん面白いと思えなかったんです。私、本当はジャッキー・チェンの映画が一番好きなんですよ(笑)。
燃え殻 ユーロスペースのバイトがそんなこと言っちゃだめです!(笑)
成田 私、自分の小説でもジャッキー的な要素を絶対忘れちゃいけないと思ってるんです。
燃え殻 ジャッキー的要素?
成田 自転車で走ってきた敵が、車のドアを開けたタイミングでぶつかってコケる、で、振り返るジャッキー、みたいな。あの鮮やかさです。ベタというか。
燃え殻 『咲見庵~』がジャッキーかどうかはわからないけど(笑)、美人でしっかり者の長女・花緒が、実は不倫をして失恋してって展開は、ある意味ベタですよね。でもベタって高度な技術で、ぼくみたいな読書量の少ない大多数の人にも、直に心に響くと思うんですよ。
成田 そういう風に読んでもらえたならうれしいです。
燃え殻 「ベタ」とか「カッコつける」こととか、批判されることもあるけど、ぼくは一周回っていいなと思ってて。昔、辻仁成さんのラジオ番組が大好きだったんです。「みんな、窓を開けて。今日はハレーすい星が見えるよ」とかキザなことを連発するの(笑)。
成田 聴きたかった(笑)。
燃え殻 でも今だったらSNSで絶対叩かれます。ぼくはネットから出てきてるから、Twitterやcakesで書き始めた時、ネットの人たちから冷水を浴びせられたんですよ。「何カッコつけてんだよお前!」「だせえよ!」とか。
成田 それはつらい……。
燃え殻 誰でも「カッコつけたい欲」って持ってるじゃないですか。でもカッコ良くないやつがカッコつけることを許さない人もいて。
成田 ネットはいろんな人がいますよね。
燃え殻 なら、あたりさわりのないことだけ書けばいいのか、と悩んだりもしましたが、結局書きたいことに戻りました。成田さんの作品を読んで、小説って自由だな、とあらためて思いました。人間の弱さとかずるさとか、生々しい感情とかを書いても、絶対炎上しないし(笑)。