須賀敦子が異国で見た愛の共同体の別れと滅び

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須賀敦子エッセンス1 仲間たち、そして家族

『須賀敦子エッセンス1 仲間たち、そして家族』

著者
須賀 敦子 [著]/湯川 豊 [編集]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784309026770
発売日
2018/05/14
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

須賀敦子が異国で見た愛の共同体の別れと滅び

[レビュアー] 都甲幸治(翻訳家・早稲田大学教授)

 須賀敦子の文章を読んでいると胸が締めつけられる。かつては若く、希望に満ちていた仲間たちがいつしかすれ違い、老い、孤独に死んでいく。そうした別れと滅びが、小説ともエッセイともつかない彼女のごく短い作品の中で何度も何度も繰り返される。そのたびに、読み手は自分の失われた時代の匂いや手触りを思い起こしてしまう。

 ミラノのコルシア書店に集まった若者たちは、共通の夢を抱いていた。キリスト教精神を現代に復活させ、世界を再び血の通ったものにするのだ。偏屈だが率直なガッティ、詩人で聖職者のダヴィデ、やがて須賀の夫になるペッピーノなど、様々な魅力溢れる人々が書店を中心に、議論し、飯を食らい、酒を飲む。

 新たな共同体の夢は一瞬、かなったように見える。だが徐々にすれ違いが生まれてしまう。六〇年代の政治のせいか。いや、ただ全員が大人になっただけだ。ある女性は言う。「若いうちはいいけれど、年齢とともに、人間はそれぞれの可能性にしたがって、違ったふうに発展する。そこでかならず亀裂がはいるのよ」。それは分かっていても、登場人物たちは限りなく傷つく。

 どうして須賀はこうした人々の姿を描き続けたのか。裕福でありながら、崩壊した家庭に育ったのが大きな原因だろう。ある日、父親は愛人のもとに走り、そのまま家に戻らなくなる。どんなに金があっても、教養があっても、日本には須賀の居場所はない。だからこそ、両親の反対を押し切ってキリスト教に改宗し、ついにはヨーロッパまで行ってしまうのだ。だが彼女がイタリアで直面したのは、書店の行き詰まりとペッピーノの死だった。

 日本に帰国した彼女はやがて、その過程を文章で書くようになる。ただの見果てぬ夢だろうか。だが愛の共同体は、少なくとも一瞬は存在したのだ。その瞬間を繋いでいくというバトンは、須賀から僕たちに、確実に受け渡された。

新潮社 週刊新潮
2018年6月7日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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