書籍情報:openBD
殺し屋インターン 暗殺の心得を説く
[レビュアー] 若林踏(書評家)
殺し屋が身分を隠すのに最も向いている職業は何か。それは派遣インターンである、とシェイン・クーン『インターンズ・ハンドブック』(高里ひろ訳)は説くのである。
語り手である“おれ”ことジョン・ラーゴは〈ヒューマン・リソース社〉に所属する殺し屋だ。〈ヒューマン・リソース社〉は表向きには人材派遣会社なのだが、裏では大企業の要人を狙う暗殺請負業を営んでいる。大企業のなかでは派遣インターンなど透明人間に等しく、重役たちがその名前を覚えることなど絶対にない。その割には重要な仕事ばかりが降ってくる。警戒厳重な要人に近づくチャンスがあるインターンは、暗殺におあつらえ向きなのだ。
本書はラーゴが暗殺の心得を新入り達に伝授するために書いた指南書、という体裁を取っている。ラーゴは殺し屋からの引退を望んでおり、最後に課された任務の顛末に合わせて自身が培った殺しのルールを文字に残そうとするのだ。
設定といい構成といい、どこを取っても奇妙で愉快な殺し屋小説である。ラーゴのペーソスと映画愛(やたらと映画の場面に例える癖がある)溢れる語りに乗せて描かれるのは、テンポの良いアクション、容赦のないバイオレンス、常に斜め上を行く展開の連続だ。熱いうねりに飲み込まれるような気分を抱きながら、読者は殺し屋最後の大仕事に付き合うことになる。
ラーゴを気に入った方はぜひローレンス・ブロック『殺し屋』(二見文庫、田口俊樹訳)もどうぞ。主人公のケラーは冷酷な反面、切手収集に限りない情熱を注ぐなど、どこか人間的な一面も垣間見せる殺し屋。感情を極力削いだクールな文体と、滲み出るそこはかとないユーモアの要素が混ざり合わさった殺し屋小説の記念碑的作品だ。
日本を代表する殺し屋小説といえば伊坂幸太郎『グラスホッパー』『マリアビートル』(ともに角川文庫)だろう。個性的な殺し屋たちが登場するこのシリーズでは、唐突な暴力描写の合間に笑いも顔を覗かせる。優れた殺し屋小説は、どこか笑えるものだ。