「狼」の元リーダーの最後の言葉

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最終獄中通信

『最終獄中通信』

著者
大道寺, 将司, 1948-2017大道寺, ちはる
出版社
河出書房新社
ISBN
9784309026596
価格
2,090円(税込)

書籍情報:openBD

「狼」の元リーダーの最後の言葉

[レビュアー] 稲垣真澄(評論家)

 ちょうど一年前(二〇一七年)の五月二十四日、東アジア反日武装戦線「狼」の元リーダー、大道寺将司は収監先の東京拘置所内の病舎集中治療室で、多発性骨髄腫のため死去した。死者八人、負傷者百六十五人を出した三菱重工ビル爆破事件が、一九七四年八月三十日。犯人八人の一斉逮捕が、翌七五年五月十九日。一、二審の死刑判決後、彼と片岡(現・益永)利明の死刑が確定したのが八七年三月。したがって大道寺は、六十八年の生涯のうち四十二年間を獄中に過ごしたことになる。大半を死刑囚として。

 本書は、その大道寺が獄窓から母親宛に、母親死去後には妹宛に送り、支援誌「キタコブシ」に掲載された手紙のうち一九九七年以降分と、最新句集『残(のこん)の月』に未掲載の俳句六十句とを併せ掲載している。日本では死刑が確定すると、家族、弁護人以外との面会、文通などが極端に制限されるため、「キタコブシ」は獄中と社会をつなぐ貴重な小さな窓となった。手紙の最後は五月九日付で、もはや体力も失われて、「輸血」の二文字だけが記されている。

 大道寺は、望む本の入手ができなかったころ、拘置所備え付けの俳書を読むことで、徐々に俳句に目覚めていったとされる。本書に収められた手紙の多くにも文末には自作の句が置かれ、それが独特な深みと静穏さを添えている。

 跋文解説で太田昌国は「まなうらに死者の陰画や秋の暮」「死者たちに如何にして詫ぶ赤とんぼ」「いなびかりせんなき悔いのまた溢る」など、死者の句の多いことに触れ、彼にあっては戦争や津波の死者も結局は「三菱の死者」に重なっていると述べる。八人もの無辜の人間を殺してしまった自らの加害性を、最後までじーっと見届けようとした、と。

 恐らくそうなのだろう。毎年のように八月三十日には「終日(中略)三菱重工本社を爆破した際に殺傷してしまった被害者の方々に謝罪し、哀悼の意を捧げました。常ならぬ雰囲気だった所為でしょうか、看守が繰り返し当方の様子を覗きに来ていました」(〇六年)などの記述が繰り返される。

 それにしても、物事を静かに凝視しようとする姿勢の強さは、どうか。新聞を通じての社会の動きへの関心は最後まで衰えないし、桜や金木犀、コウモリや昆虫など自然や生命への共感はほとんど宗教的と呼べるほど。予期せぬ来簡、来訪を喜ぶ姿は、素直な人恋しさに溢れている。後半ではがん治療に一喜一憂しつつ、そうした一喜一憂をさらに凝視する心の静けさが一層顕著だ。教誨師などを通じた既成の宗教によるのではないだろう。

 それでいて、外国人収容者もすぐに日本語を覚えるとして、拘置所・刑務所の日本語教育力は並々ではないなどと、独特な観察力をも示している。

新潮社 新潮45
2018年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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