喪失の悲しみを祝福へとつなぐ最期の日々の物語

レビュー

7
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さざなみのよる

『さざなみのよる』

著者
木皿 泉 [著]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784309025254
発売日
2018/04/18
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

喪失の悲しみを祝福へとつなぐ最期の日々の物語

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 もうすぐ死ぬことがわかったら、何を思い出すのだろうか。『さざなみのよる』を読むと想像してしまう。ドラマ「すいか」の脚本家として知られる木皿泉の五年ぶり二作目の小説だ。

 第一話は四十三歳のナスミの視点で描かれる。彼女は富士山の見える町で生まれた。家は「富士ファミリー」という小さなマーケットストアで、三姉妹の次女だ。二十代半ばに上京し、結婚もしたが、癌を患って帰郷した。プリンさえ食べられないほど体が衰弱し、最期が近づいていると悟った彼女の脳裏をさまざまな思いがよぎる。見舞いにきた〈南京虫のオバチャン〉の匂い、夫が弁当箱をたたむときのパタンパタンという音。のっけからメインキャラクターが死ぬ物語なのに、日常的かつ滑稽味のあるディテールを積み重ね、辛気くさいムードを吹き飛ばすところが著者らしい。

 第二話以降では、周囲の人々によってナスミにまつわる記憶が語られていく。責任感の強い姉、嫁姑問題に悩む妹、店を継いだ夫、中学の同級生だった散髪屋、会社に勤めていたころの同僚……。どの思い出話もちょっと風変わりで、とびきり優しく、ナスミという人の魅力を際立たせる。なかでも最高なのがダイヤの指輪のエピソードだ。

 その指輪は、三姉妹のなかでも無鉄砲で不器用な次女を心配した母が遺したものだ。ある事件が原因で歯を折ってしまったナスミは、治療代のために指輪の台の部分を売ってしまうのだが、ダイヤだけはずっと持っていた。亡くなる前、彼女は家に同居する笑子ばあさんに石を託し、奇妙な依頼をする。

 母の形見の宝石になんてことを! と、笑うと同時に、ナスミのことを好きにならずにはいられない。こんなふうに誰かの心のなかで生き続けることができたら、幸せじゃないかと思う。喪失の悲しみを生きとし生けるものへの祝福につなげてくれる一冊だ。

新潮社 週刊新潮
2018年6月14日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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