「オードリー若林」が受賞の“斎藤茂太賞” 話題作りかと思ったら〈トヨザキ社長のヤツザキ文学賞〉

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表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬

『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』

著者
若林 正恭 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784040693163
発売日
2017/07/14
価格
1,375円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「オードリー」若林が旅エッセイで受賞 第三回“斎藤茂太賞”

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

 斎藤茂太といえば、歌人にして精神科医である斎藤茂吉の長男。北杜夫を弟に持ち、自身も父と同じ精神科医の道に進んで、文筆家としても活躍した御仁です。そんな氏の創立会長としての功績を讃え、日本旅行作家協会が二○一六年に設立したのが、「斎藤茂太賞」。

 前年に刊行された紀行・旅行記、旅に関するエッセイ及びノンフィクションを対象とする同賞の過去の受賞作は、第一回が星野保『菌世界紀行―誰も知らないきのこを追って』、第二回が今尾恵介『地図マニア 空想の旅』。なんて、知ったかぶっちゃってますけど、トヨザキ、文学賞ウオッチャーを自任しながら、この新設の賞を存じ上げませんでした。先頃、第三回の結果が発表されるまでは。

 そう、受賞作はお笑いコンビ「オードリー」の若林正恭による『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』。日本旅行作家協会の現会長・下重暁子は、選考理由を「航空券の予約サイトで見つけた、たった一席の空席。一人キューバに旅立った3泊5日の弾丸旅行をつづる本書はそのピュアな視点、ものの考え方も高評価の対象となった」とし、審査員の椎名誠の口からは「純文学」という言葉まで飛び出したとのこと。

 しかーし、何事によらず疑り深いわたしは「賞の知名度を上げるために、芸能人を利用したんじゃないの?」と思っちゃったわけですよ。……ところがっ!

 競争と成果主義一色で息苦しい日本とはちがう空気を吸いたい、異なる価値観に接したいと思い、キューバを訪れた若林さん。彼の地での見聞を通して、日本とそこに帰属する自分を見つめ直す語り口がとてもいいんです。力強い直球なのだけれど、芸人としてのスキルの高さそのままにこらされた工夫によって、読んでいるこちらの胸に届いた瞬間、少しホップする文体とでもいいましょうか。一人旅というスタイルで始まりながら、実はそうではなかった――という種明かしにも胸を熱くさせられる、これは素晴らしい旅エッセイだったのであります。

 斎藤茂太賞の目は確か。過去二回の受賞作も読んでみたいと思わせる、大変けっこうなお手前でした。

新潮社 週刊新潮
2018年6月14日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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