【聞きたい。】蔵前仁一さん 『テキトーだって旅に出られる!』
[レビュアー] 本間英士
■“達人”が記す実践的旅知識
バックパッカー経験者でこの人の本を読んだことがない人は少数派だろう。幅広い海外旅行経験を持つ“達人”が、旅に最低限必要なことを紹介した入門書。「本当は、旅に技術はいらない。とにかく出発さえすれば旅はできますからね」と冗談めかして語る。
著者の著作は、「旅のにおい」を再現するのがうまい。旅先で朝目覚めたときの独特の解放感、定員をはるかに超えた長距離列車に苦しめられた思い出、サハラ砂漠で思いがけず見て、震えるほど感動した満天の星…。その場所を旅したことがなくても、どこか懐かしい気分に浸れる。
「僕はゆるい人間。自分が体験したことを、そのまま書いているだけですよ」
異国の地を旅するときは準備も必要だ。本書には、体験談を交えた実践的な知識が紹介されている。一方で、必要以上にトラブルを恐れる風潮には警鐘を鳴らす。本当の意味で心に残る旅先の風景や人との出会いを逃す恐れがあるからだ。
「大切なのは、旅に出たいという気持ち。それと、大人としての常識です。知人には『蔵前さんがそんなこと言うなんて…』とがっかりされましたが(笑)」
初海外旅行は昭和54年の米国。意外にも、若い頃は旅行への関心が薄く、旅行記もほとんど読んでいなかったという。転機は、当時あまり興味のなかったインドへの旅だった。「全てが衝撃的でしたね。『二度と行くか!』と思いました」
だが、帰国後インドへの思いが募り、仕事も手につかない。行き場のない思いに後押しされて書いたのが、後に“旅人の聖典”になった『ゴーゴー・インド』(61年)。旅行記らしからぬ肩の力の抜けた文体とイラストが、後進の旅行者たちを引きつけた。
これまでに訪れた国・地域は「70~80くらい」。それでも、今も出国前は怖さを感じるという。
「昔も今も、旅に出る前はすっごく怖い。でも、いざ現地に着くと、本当に楽しいんだよ」蔵前仁一さん(産業編集センター・1000円+税)
本間英士
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【プロフィル】蔵前仁一
くらまえ・じんいち 昭和31年、鹿児島県生まれ。慶大卒。雑誌『旅行人』編集長。主な著書に『旅で眠りたい』など。