『怪物が街にやってくる』
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『エロチック街道』
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全篇ジャズがテーマの今野敏“幻の傑作集”
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
今野敏のデビュー作を含む、幻の傑作集『怪物が街にやってくる』の嬉しい復刊である。全六篇に共通するテーマはジャズだ。表題作であり、問題小説新人賞受賞作にしてデビュー作の舞台は、西荻窪の北口にある有名なライブスポット。個人的な理由を申し上げれば、今でこそ引っ越してしまったが、西荻生まれの西荻育ち。土地勘もあり、自称ジャズファンである私にはたまらぬ作品。
武田巌男カルテットと、一時、巌男が籍を置いていた上杉京輔トリオの対決をラストに据えた本作は、五木寛之『海を見ていたジョニー』(講談社文庫)や、筒井康隆「ジャズ大名」(新潮文庫『エロチック街道』所収)のように紙の上に見事に音を表現している。これに、後の今野作品に顕著となる中国拳法が絡むとなれば、もうたまらない。
第二話「伝説は山を駆け降りた」と第三話「故郷の笛の音が聞こえる」は、双方、伝奇的手法によりジャズを溯り、その源流にまで辿りつく異色篇。特に前者は、スランプに陥った主人公が、毎日、ただただ、サックスを吹きまくる場面が、ソニー・ロリンズのある伝説の名盤にまつわる挿話と重なり、私は号泣してしまった。
そして、1960年代新主流派の名盤、ハービー・ハンコック「処女航海」をそのまま題名にした第四話は、主人公がジャズを「ひとりひとりの演奏者が自分を最大限に表現しようという音楽だった。(中略)個人を、全体の中で生かし、自分が生きることで全体を生かす」音楽なんだ、ということで、“宇宙を旅するためのパスポート”を手にし、軽々とSFへと飛翔してしまう。さらに第五話「旅人来たりて」は、何と西部劇仕立てのSF。酒場での乱闘をジャズの名曲が一瞬にして止めてしまう、という構成はさすが。
第六話「ブルー・トレイン」は、モダンジャズ黄金期への切ないまでのオマージュを描いた心震える一篇。
この一巻を貫くのはMJQの演奏で知られる「朝日のようにさわやかに」の美しい旋律で、読後の充実感は比類がない。