歴史以前の大きな見取り図

レビュー

10
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先史学者プラトン 紀元前一万年―五千年の神話と考古学

『先史学者プラトン 紀元前一万年―五千年の神話と考古学』

著者
メアリー・セットガスト [著]/山本貴光 [訳]/吉川浩満 [訳]
出版社
朝日出版社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784255010496
発売日
2018/04/08
価格
3,024円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

歴史以前の大きな見取り図

[レビュアー] 稲垣真澄(評論家)

 タイトルにプラトンの名前があるからといって、格別ギリシャの哲学者の思想が論じられるわけではない。本書はむしろ地道な考古学書である。歴史以前の、前一万年から前五千年くらいまでのヨーロッパの、新旧さまざまな考古遺跡とその出土物を俯瞰し、当時の人類の生活・文化を理解するための、大きな見取り図を見出そうとするのだ。

 しかしこの大きな見取り図というのが、現代の考古学には最も欠けるものらしい。他の学問と同様、考古学でも計量化(数値化)と専門化が著しい。計量化は知識を精緻にする一方で、もともと数値化できない宗教や芸術心をはなから除外するし、狭い範囲への専門化は、全体はおろか隣の領域を覗くことすら拒絶する。おかげで「木が見えて森の見えない」のが考古学の実情で、本書はそんな現状への強い批判でもあるようだ。

 プラトンは対話篇『ティマイオス』他で、古代アテネは九千年前、大西洋にあったアトランティス(とその植民地国)の侵攻を受け、一時撃退するものの、結局はその後に起こる地震と洪水とでアトランティスともども壊滅したとの不思議な話を残している。たいていは絵空事視されるのが普通だが、歴史的事実を全く含んでいないとも断言できない。著者は次のような歴史の流れを示唆する。

 ラスコーの洞窟絵画など南西ヨーロッパの「マドレーヌ文化」はある時期、急速に軍事化し強大化する。彼らとの戦いによると見られる死者の墓が、石製武器とともにウクライナなどでも見つかるからだ。著者はこのマドレーヌ文化をアトランティスの同盟者だと想定した上で、彼らとの戦いで難民化した古い「グラヴェット文化」や古代アテネ文化の受け皿となったのが、前九千年紀のパレスチナの「ナトゥーフ文化」だと見る。

 ナトゥーフ文化には、発展の初期段階を示す遺跡が近傍には全く見当たらず、完成されたものが突然どこかから移入された感じが強い由で、受け皿説を大いに補強する。このパレスチナのギリシャ風文化はさらにメソポタミア、イランのザグロス山脈へ、あるいはアナトリア(トルコ)へと広がっている。

 時代は下って、イランにザラスシュトラ(ツァラトゥストラ)が現れた前五千年ころの新石器革命の理解も面白い。農業の進展、青銅器や土器の出現などで特徴付けられるその革命は、動物界、植物界、人間界、無生物界(鉱物)すべての領域での調和的改良を目指すという意味で、後の時代でなら錬金術と呼ばれる精神態度に近いという。ウーム。

 最後に一点。現在では遺伝子解析でホモサピエンスの各地への拡散ルートも詳細にたどられると聞くが、本書でもその方法が参照されていたら、あるいは多少異なる風景も見えたかもしれない。

新潮社 新潮45
2018年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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