[本の森 恋愛・青春]『うかれ女島』花房観音/『じっと手を見る』窪美澄/『ののはな通信』三浦しをん

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[本の森 恋愛・青春]『うかれ女島』花房観音/『じっと手を見る』窪美澄/『ののはな通信』三浦しをん

[レビュアー] 高頭佐和子(書店員。本屋大賞実行委員)

「売春島」が舞台と聞き、好奇心で手にした花房観音『うかれ女島』(新潮社)は、予想とは違う方向に感情が刺激される小説だった。

 娼婦として、女衒として、長い間島で生きてきた真理亜は、四人の女性の名前を遺書に記して事故死する。そんな母親に複雑な感情を抱く青年・大和が、遺言に従い彼女たちに手紙を書くところから物語は始まる。保育所を経営しながら風俗嬢を続けるシングルマザー。過去を隠して結婚した公務員の妻。有名作家と愛人関係にある女優。大企業に勤めながら夜は街頭で体を売っていた会社員。なぜ真理亜は彼女たちの名前を遺したのか。隠されていたことが明らかになっていく。

 晒されるのは彼女たちの秘密だけではない。島とは無縁のはずの人々の本性があらわになり、自分自身の心の奥にある見ないふりをしていた感情も剥き出しにされていた。恐ろしい小説だ。なのに、この妙な痛快さはなんだろう? 男性はもちろん、女性にこそ読んでほしい小説だ。

 窪美澄『じっと手を見る』(幻冬舎)は、地方都市で生きる男女の物語だ。祖父を亡くし、天涯孤独の身となった介護士・日奈。同じく介護士で、元恋人の日奈を見守り続けている海斗は、進学してキャリアアップすることを目指しているが、家族の生活と弟の学費のため、貯金もままならない。そんな時に知り合った東京のデザイナー・宮澤に、日奈は強く惹かれる。そして、海斗は他の街からきた後輩・畑中と距離を縮めていく。

 真剣に働くほど疲弊していく介護の現場。休日を過ごすショッピングモール。二人を取り巻く環境は、過酷で息苦しい。その中で居場所を見つけようとする必死さとやり切れなさが、リアルに伝わってくる。一方で著者は、家庭や仕事から逃げ出した宮澤や、息子に適切な愛情を注げない畑中の、根無し草のような生き様も丁寧に描く。彼らもまた、痛みを抱え彷徨っているのだ。

 苦しみ、人を傷つけ、過去を背負って生きていく人々が、つつましいけれど確かな光を放っている。その光に救われたような、許されたような気持ちがした。

 三浦しをん『ののはな通信』(KADOKAWA)は、詳しい内容を聞かずに小説の世界に入ることをお勧めしたい。同じ場所で青春を過ごしながら、遠い場所にいる相手を思いながら、二人の女性が交わし合った多数の手紙だ。読んでいくうちに、懐かしい出来事や世界を揺るがした事件の記憶がよみがえり、それぞれの時代を生きる二人の存在がくっきりと濃厚に感じられる。読んだ人の生き方を揺るがす力のある壮大な小説である。

 読むのではなく、体験するという言葉がしっくりくる。今年を代表する小説の一つになることに間違いはないだろう。

新潮社 小説新潮
2018年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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