<新しい文学が生まれる場所>韓国『新世代』の作家たち

対談・鼎談

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク
  • 誰でもない(韓国文学のオクリモノ)
  • あまりにも真昼の恋愛
  • 走れ、オヤジ殿
  • 三美スーパースターズ 最後のファンクラブ
  • ギリシャ語の時間

鼎談=斎藤真理子、古川綾子、すんみ<新しい文学が生まれる場所>韓国『新世代』の作家たち〈韓国文学のオクリモノ〉シリーズ(晶文社)全六冊完結

◇IMF世代の成長痛とプライド キム・エラン

古川綾子
古川綾子

 古川 キム・エランさんの『走れ、オヤジ殿』は、タイトルをどう訳すかで悩みました。原題で使われている韓国語の「アビ」はお父さんのことではあるのですが、家父長的な韓国では子どもがお父さんに使うのは失礼になります。年老いた親が、結婚して子どももいる息子を呼ぶときに使うもので、下から上へ使う言葉ではありません。ですから、娘が一度も会ったことのない自分のお父さんにアビと言うのは有り得ないことなんです。ちなみに、本文では一度もこの呼び方は出てきません。「アボジ」(お父さん)という一般的な言葉を使っています。韓国ではこのタイトルで本が出たときに、八〇年生まれの若い作家がアビなんて言ってる本が出たよ、と新鮮な印象だったのかもしれませんが、どこまでその感覚を日本の読者に伝えられるか悩みました。「走れ、父ちゃん」のように父ちゃんにするか、オヤジにするか。韓国語がわからない人にもアビという言葉の持つ意味を説明して、「日本語だったら何かな?」と聞いたりして、最終的には『走れ、オヤジ殿』に決まりました。カバーのイラストはオヤジ殿が一気に駆け降りる、タルトンネ(月の町)と呼ばれる貧民街の長い階段です。キム・エランさんはこのシリーズの中で一番若い八〇年生まれですが、二二歳でデビューしたので作家歴は長く、これまで多くの作品を書いています。

 斎藤 このシリーズの中では、キム・エランさんとハン・ガンさんがデビューが早くて作家歴が長い。ファン・ジョンウンさんの方が年上だけれど作家歴は短い。キム・エランさんは天才少女というか、日本だと綿矢りささんがデビューしたときのような感じに近いのではないでしょうか。ハン・ガンさんはお父さんが小説家です。

 古川 ハン・ガンさんは文学少女という感じではないでしょうか。キム・エランさんは大学で創作の勉強をしていたら賞を獲ってしまった。刊行物の無い作家が受賞するのは異例だと、審査で揉めたという話もあります。彼女はアジア通貨危機(IMF危機)の直後に成人したIMF世代と呼ばれる作家です。世代意識としては貧困や喪失感、社会の不条理をテーマにすることが多いのですが、彼女はそれを可哀想なストーリーに仕上げて社会の共感を得るのではなく、「いや、私たちもプライドあるから」とユーモアを散りばめる方向に持っていったのが斬新だったようです。デビュー以来、寓話的な作品を多く書かれていましたが、昨年に出された新作はがらりと作風が変わりました。ユーモアの要素は影を潜め、むしろハン・ガンさんのような作風に変化しています。

 斎藤 私もそう思いました。ハン・ガン化している(笑)。ファン・ジョンウンさんも、最初はファンタジーを書いていたけど段々一見リアルな書き方に変わってきています。

 古川 韓国の女性作家はそういう過程を経て変わっていく傾向があるのかもしれませんね。キム・エランさんは作風が変わったのでは?という質問に対して、今までは釣りみたいに自分の周囲にあるネタを釣り上げて書けたけれど、これからは自分で種を蒔いて耕していかなければいけない時期に入ったと仰っていました。そういう意味では、あのポップな世界観はあの時期特有のものだったのかなという気もします。

 斎藤 『三美』と通じるところがありますね。何か弾けるようなところがあるような感じがする。ただ単純に元気なのではなくて、背景にすごく大変なことがあった後で、だからいっそう弾けているといったような。

週刊読書人
2018年5月4日号(第3237号) 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読書人

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク