映画『世界でいちばん長い写真』6月23日公開! 映画公開記念対談 誉田哲也×草野翔吾

レビュー

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世界でいちばん長い写真

『世界でいちばん長い写真』

著者
誉田 哲也 [著]
出版社
光文社
ISBN
9784334764852
価格
596円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

映画『世界でいちばん長い写真』6月23日公開! 映画公開記念対談 誉田哲也×草野翔吾

[レビュアー] 誉田哲也(作家)


映画『世界でいちばん長い写真』より

――映画『世界でいちばん長い写真』は六月二十三日から公開されます。

草野 ようやく、という感じですね。

――もともとこの企画のスタートは、いつごろだったんでしょうか。

草野 二〇一四年です。四年前の、今ごろだったのかな、プロデューサーの柴原さんから話があって、原作をもらって読みました。

――それまでに、“誉田哲也”という作家の存在はご存知だったんですか?

草野 はい、それはもちろん、知っていました。『武士道』シリーズは読んでましたね。映画も観ましたし。『世界でいちばん長い写真』の原作は文庫で読んだんですが、解説が『武士道シックスティーン』の古厩(ふるまや)監督だったので、「すっげえプレッシャーだな」と思って(笑)。


『世界でいちばん長い写真』
誉田哲也[著]光文社

――読まれてみて、どんな印象でしたか?

草野 プロデューサーから、「これを映画にしようと思うんだけど」ということで本を渡されているから、最初からそういう目で読んだんですが、「これは、ホントやりたいな」と思いましたね。スポーツじゃなく、写真っていう地味な部活の、さらに地味な男の子っていうのが、ありがちな映画にならないだろうし、すごく面白いなと思って読みました。

――小説を映画化する場合、まず、どういう風に考え出すんですか? 「こうすれば映画になる」というポイントは、すぐわかるものなんでしょうか。

草野 何せ僕、原作があるものをシナリオにするという作業は、この作品が初めてだったんです。なので、「どうやるんだろう」と思いながらの作業でした。撮影までに時間がかかったので、原作付きの映画では、『にがくてあまい』という監督作品がすでに公開されていますが、シナリオ化はこっちが最初だったんです。ですから、僕の苦闘のあとがこんな風に(と、付箋が膨大に貼られた『世界でいちばん長い写真』の原作本を取り出す)。もう、こんなに貼ったら意味ないじゃないかぐらい(笑)。

――そうやって、書き上がったシナリオを読まれて、誉田さんはどんな印象を持たれましたか?

誉田 送られてきたシナリオを読んで、「いいな」と思うことと、「出来上がりがどうなるのか、これを読んだだけではよくわからないな」と思うことがあるんです。今回は、「あ、これはいい映画になりそうだな」と思いました。

――このシナリオが誉田さんの手元に届くより以前に、多くの誉田作品が映像化されています。その経験を踏まえて、映像化についてどのようなお考えを持っていますか。

誉田 自分でも、その物語を好きで書いているので、その好きなものが映像になって観られるというのは、単純に嬉しいですね。あと、僕は小説執筆の流儀として、視点人物からの情報がすべてであるという風にして書くんですよ。この作品は全編が宏伸の一人称一視点なので、彼の記憶や五感、考えたことだけを書く、それ以外のことは書いてはいけないというルールでやっています。宏伸の知っていること、見たこと、感じたことしか書けないので、そうすると、彼にはわからないことだって周りでは起きているし、彼のいないところでもいろいろなことが起こっているでしょうが、それは書けない。だから、僕の作品をそのまま映像化しようとすると、全編がポイント・オブ・ビュー(主観映像)になっちゃうんですよ。『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』みたいになる。それじゃあ成立しないですよね。そういう意味で、僕が小説で描いているものと同じものは映像では絶対できないわけです。読者の方々は、作品を読むとき、登場人物に好きな俳優さんを頭の中であてているかもしれないし、物語の風景を自分の行ったことのある風景に置き換えて読んでいるかもしれない。監督やプロデューサーも、最初は一読者として作品世界をイメージするわけじゃないですか。だから、読者の方々それぞれと同じくらい、僕の考えたものとは違うと思うんです。でも、監督は、頭のなかでイメージしたことを具現化してくれる。それは、面白いですよね。読者の方々から感想をいただくのも嬉しいんですけど、映像化はしてくれないじゃないですか(笑)。映画やドラマにかかわる方は、僕の作品を読んで「こうだと思いました」というものを形にしてくれますから。盛大な感想文じゃないですか。映像化されたとき、「このセリフ、この場面でちゃんと使ってくれたんだ」ということがあると嬉しいです。僕がいちばん大切にしていたセリフだと、特に。

草野 最初に誉田さんに読んでいただいたときの感想のメールをプロデューサー経由で読ませてもらったんですが、それがすごい嬉しくて。あれでようやく、「できるかもしれない」「俺書けるかもしれない」と思いました(笑)。それまで、「これいいのかな」「書けんのかな」と思ってましたから。

――やっぱり、不安なものですか。

草野 それは……不安ですよ。がっかりさせたくないですし。喜んでもらいたいですから。そもそも、「この作品を、主人公を中学生から高校生に設定を変えて映画化したいんだけど」という形でプロデューサーから提案されたので、まず、そこがあるじゃないですか。そうなると、主人公の宏伸が悩んでいることがそもそも変わると思うんです、中学生と高校生ですから。そこを見つけるのには、最後まで苦労したので、そういうことも含めて、誉田さんが感想メールで褒めてくださったので、本当に自信になりました。あのとき「あそこがダメで、ここがダメで」って来てたら、心折れてたかもしれない(笑)。

誉田 よかったです。

草野 ただ、最初の脚本でいただいたメールは僕の自信になったんですけど、結果的に、そこから撮るまで三年あったんです。そうすると、映画を作るために集まったいろんな立場の方からの意見が入ってきて、脚本も予算やスケジュールや撮影環境にあわせて、どんどん変わっていくんですよ。そうすると「あんなに初稿で誉田さんが褒めてくれたんだから、変えない方がいいのでは」と思い始めちゃって。改稿して、初稿から離れていってしまったら、誉田さんはどう思うんだろう、いいと思ってくれた部分が削られていっちゃってるんじゃないか、と迷いました。

誉田 シナリオを読ませてもらった段階の僕には、細かい仕上がりがどうなるかは予想ができないんですよ。ただ、作品をお預けするからには、いい作品にしてほしいですし、「あの作品はな……」と思ってしまうようなことにはなってほしくないので、最低限、作品世界の背景を、リアリティをもって描いて下さいということと、伝えるべきものを決めて下さいということの二つをお願いするんですよ。伝えるべきものは、原作と完全に一致していなくても構いませんので。そして、その二つについて、約束できる人を決めて下さい、と。それ以上のことはできれば言いたくないと思っています。監督にとっても、演者さんひとりひとりにとっても表現の場なので、こちらであれこれハンドリングするのもおかしな話ですし。それぞれの立場での熱量は、対等だと思うんですよ。だから、細かいことが変わっていっても、僕は、そんなに気にならないかな。リアリティということでは、今作の場合はカメラが重要ですよね。作中で出てくるカメラは、山本(新一。本作のモチーフとなった写真を撮影した)さんのところから借りてきたんですか?

草野 そうです。本物です。

――そもそもこの小説の着想は、山本さんの「世界でいちばん長い写真」についてのニュースを、見たことがきっかけなんですよね。

誉田 そうです。ギネス記録になったというニュースだったと思うんですが、夕方のニュース番組の中盤くらい、ほんわかしたニュースという扱いでした。広いところで、何か長い巻物を拡げていたんですよ。……え? これが写真!? なんでこんなことするの!?と最初は思ったんです(笑)。だって、普通は動画でしょう? なにしてんだろう、なんのためにやってるんだろう、とすごく興味がわきまして。小説にしようというつもりはまったくなく、ただ面白いニュースだ、というだけで話題にしていたんですが、「会いに行ってみましょう」と提案されました。そうか、小説家ってそういう仕事なんだ、会いに行けるんだと思いましたね。で、実際に山本さんのお宅にお邪魔して、カメラを見せていただいて、構造を説明していただいたんですが、それでも「なんのために」という部分は、わからなかったんです。面白いという意味では、まちがいなく面白いんですけど。だけど、記念撮影としてぐるっとまわりを写した写真を見たときに、なにかこう、ウルッときたんです。これをちゃんと解釈できたら、小説になるなと思いました。夕方のニュースでたまたま見たものが、お会いしてお話をうかがって、小説になって、映画にまでなって。いろんな偶然がここまでになったのが嬉しいですね。できれば、山本さんにも観てほしかったですけどね……。今回の撮影に借りているのは、三号機ですか?

草野 山本さんの自作カメラについての詳細なホームページ、今は消えちゃってるんですけど、二〇一四年にシナリオ初稿を書いた頃の制作の女の子が全部プリントアウトしてくれていまして、今日も持参しています。それで見てみると、映画に出ているのは初号機と四号機ですね。……原作では山本さん(原作では松本という名前)は重要な登場人物ですが、映画では登場しません。それは考えがあってそうしたんですが、本当にそれでいいのか、迷いながら撮っていました。でも、撮ってみて思いました。山本さんの役は、僕なんだと。山本さんがもういらっしゃらないので、同じように写真を撮るのは不可能なんです、機材もないし。この映画に出ている「長い写真」の撮影方法は僕が考えるしかなくて、「こうやればできるはず」ということをスタッフに説明して、試したんですけど、実際にできたときは本当に嬉しかったです。この映画、常滑(とこなめ)でやった制作発表の日が山本さんの命日だったんですよね。縁を感じました。見ててくれるのかもしれないな、と。

光文社 小説宝石
2018年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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