欧米に追いつき追い抜きで「鉄道王国」となった日本、その歩み

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“事始め”から鉄道王国となるまで、日本の近代化とともに

[レビュアー] 立川談四楼(落語家)

 鉄道オタク「鉄オタ」という名称はすでに市民権を得ました。落語界にも乗り鉄や撮り鉄が多く存在し、「鉄道落語」すなわち「鉄ラク」を披露する者もいるくらいです。

 鉄道唱歌は「汽笛一声新橋をはや我汽車は離れたり」と始まりますが、新橋横浜間に初めて鉄道が敷かれたのが明治5年(1872)です。教科書ではあっさり通り過ぎますが、落語の登場人物は大変驚きます。

「おめえ、陸蒸気(おかじょうき)に乗ったって?」「乗った。これが凄えんだ。ピーとかポーとか言いやがるとひとりでに動き出しゃがって、だんだん速くなる。窓の外を見るてえと木や家が飛んでくる。しまいにゃ畑や田んぼ、山まで飛んでくんだよ」「危ねえなそら」「だけどそいつが上手く避(よ)けらあ」

 この鉄道導入に熱心だったのが大隈重信と伊藤博文で、異を唱えたのが西郷隆盛と大久保利通というのが面白く、また反対論者が後には鉄道ファンになるとの記述にはニンマリしました。

 長い鎖国が明けての新生日本、西欧に追いつけという意見と、まず国防だ、軍備の増強だとする意見の対立です。その両者がお召列車に呉越同舟というのがなるほどと思わせます。軍備増強論者も早い移動と大量輸送のメリットを身をもって感じたのです。

 鉄道と戦争の歩みにも興味深いものがあります。勝てば飛躍的に発展しますが、負けると燃料の枯渇を始めとしてジリ貧となります。そんな敗戦から、日本は驚異的な力で復興を遂げます。その象徴が東京オリンピックとともに開通した新幹線です。

 欧米からおよそ50年遅れて開業し、50年で追いついた途端に敗戦、そこから追いつき追い抜き、世界の手本とされる鉄道王国となったのです。鉄道はまさに日本の近代化とともにあるわけですが、その矢先の新幹線殺傷事件です。安全で手軽な新幹線が飛行機のような厳重警備になるのでしょうか。

新潮社 週刊新潮
2018年6月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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