【文庫双六】漂泊の俳人「山頭火」の“しぐれの句”――川本三郎

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

山頭火句集

『山頭火句集』

著者
村上 護 [著]/種田 山頭火 [著]/ジェイムズ・グリーン [訳]/三浦 久 [訳]
出版社
筑摩書房
ISBN
9784480029409
価格
1,080円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

漂泊の俳人「山頭火」の“しぐれの句”

[レビュアー] 川本三郎(評論家)

【前回の文庫双六】「旧制新潟高校」出身 丸谷才一の傑作短篇――野崎歓
https://www.bookbang.jp/review/article/554420

 ***

 丸谷才一の傑作といえば『樹影譚』と並んでもうひとつ『横しぐれ』(昭和五十年)がある。

 国文学研究者の「わたし」に、ある時、町医者をしていた父親が、若き日、友人と松山の道後温泉を旅した時の思い出を話す。

 昭和十四年頃。途中、二人は「乞食坊主」に会い、茶店で一緒に酒を飲んだ。酒好きの面白い坊主だった。

 その話を聞いた「わたし」は父が会った坊主はひょっとして種田山頭火ではないかと思う。そして山頭火のことを調べ始める。当時道後温泉を旅していなかったかどうか。

 話は一種ミステリ仕立てで進んでゆく。丸谷才一によれば父の話を聞いた昭和三十年代、山頭火は意外なことにまだ無名で資料も少なかったという。

 昭和四十年代に入って山頭火ブームが起り、一躍、この放浪の俳人が広く知られるようになった。

 日本人のなかには旅から旅への生き方に対する憧れがあるからだろう。

 渥美清は俳人としても知られたが、早坂暁の脚本のテレビドラマで山頭火を演じたかったという。山頭火ゆかりの地を巡った。

 しかし、結局、「男はつらいよ」の寅が山頭火を演じると見た人間が笑うと危惧し、役を降りてしまった。

 高倉健の遺作「あなたへ」(2012年、降旗康男監督)では、ビートたけし演じる旅する男が山頭火の自選句集『草木塔(そうもくとう)』を旅の友にしていた。

 旅好きの大人の男たちにとって山頭火のような一人旅は理想。冒険の旅とはまったく違う。世捨人が隠れ里を求めてひたすら歩く。

 山頭火には「しぐれ」の句が多い。「おとはしぐれか」「うしろすがたのしぐれてゆくか」「しぐるるや道は一すぢ」などなど。

 丸谷才一『横しぐれ』では、三人が茶店で飲んでいるうちに雨が降り出した。父の友人が雨を横しぐれと言った。坊主は「いい言葉ですな。横しぐれ……」と感じ入った。やはり父が会った坊主は山頭火だったか。

新潮社 週刊新潮
2018年6月28日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加