『八幡炎炎記(やはたえんえんき)/火環(ひのわ)』 村田喜代子著

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八幡炎炎記

『八幡炎炎記』

著者
村田喜代子 [著]
出版社
平凡社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784582836837
発売日
2015/02/13
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

火環

『火環』

著者
村田喜代子 [著]
出版社
平凡社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784582837735
発売日
2018/05/18
価格
1,836円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『八幡炎炎記(やはたえんえんき)/火環(ひのわ)』 村田喜代子著

[レビュアー] 尾崎真理子(読売新聞本社編集委員)

「鉄都」に生きる庶民

 福岡県八幡(現北九州)市に生きる庶民の戦後を描いた2部作。3人の視点から物語は進む。

 広島から紳士服店主の妻だったミツ江と駆け落ちしてきた仕立て職人の克美。ミツ江の姉で、自分の養女が離婚すると、養女の子を自分の籍に入れて50歳から育て始めるサト。サトの元で復興と共に成長する作者らしきヒナ子。そして、陰の主役は、人々にあまねく仕事と活力を送る巨大な製鉄所、そこに燃える火と鉄だ。

 〈溶鉱炉は火山一つ囲うとるんと同じやど〉

 〈戦争ば支えてきたのも、負けた国ば立て直すのも、八幡製鉄所じゃけんな〉

 鉄は国家なり、運命を握るものなり。朝鮮戦争の特需、神武、岩戸景気と続く中、街には西日本一円から人が集い、もらい子、預かり子が増える。金持ちは背広をあつらえ、女たちは機能的な洋服に着替える。そんな「鉄都」で柔らかな布に黙々と針を運ぶ、よそ者の克美。不義を犯しながら原爆から逃れた呵責(かしゃく)に苦しむ彼は、それでもなお、客の妻たちを誘惑せずにはいられない。野山の土に親しみ、気骨に恵まれたヒナ子は、次第に周囲の大人らのふるまいを射抜く観察眼を鍛え、中学卒業を前にシナリオ作家への道を探し始める。

 1953年の大洪水の凄惨(せいさん)な描写や、54年に初めて「ゴジラ」を見た観客が映画館で熱狂し、涙したという挿話も作者の実体験に基づくだろう。「高炉の神様」と呼ばれた宿老、田中熊吉の姿もとどめられている。情愛と金と酒が絡んだやっかいごとの始末に回る、13人きょうだいの長姉サトは、約30年前の芥川賞受賞作「鍋の中」の祖母と同じ人物ではないか。今や熟練の極に達した作者は、サトの滋味あふれる達観を代弁し、総勢十数人の人物一人一人に熱い血を注ぎ込む。

 自伝的作品に違いないが、読み終えると、周到に配置された上で闊達(かったつ)に描かれた曼荼羅(まんだら)のよう。戦後日本の全景がありありと迫ってくる。

 ◇むらた・きよこ=1945年、福岡県生まれ。著書に『蕨野行』『ゆうじょこう』(読売文学賞受賞作)など。

 平凡社 1600円/1700円

読売新聞
2018年6月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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