【自著を語る】ニューヨークのジャズ・アーティストの音楽人生を綴る――常盤武彦『ニューヨーク・ジャズ・アップデート 体感する現在進行形ジャズ』

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ニューヨークのジャズ・アーティストの音楽人生を綴る

[レビュアー] 常盤武彦(フォトグラファー、音楽ライター)

常盤武彦
常盤武彦

 1988年、私は渡米した。多感な20代をニューヨークの刺激的な環境で過ごせば、自分の写真家としてのキャリアにプラスになるはずとの確信を持って、留学という手段でニューヨークで暮らし始めたのだ。しかし、ニューヨークのジャズに浸っているうちに、20代、30代、40代と時間が過ぎ去り、気がつけば50歳を超えていた。10代の頃、スピーカーやステージの向こう側の存在だったジャズ・ジャイアンツたちを撮影し、直接言葉を交わす機会にも恵まれた。自分と同世代のアーティストが、頂点に駆け上がっていく姿も見届けてきた。そして、新たな才能の台頭を感じている。ニューヨーク・ジャズは、今も、そしてこれからも私を魅了してやまない。2017年春に日本に帰国し、人生の半分以上を費やしたニューヨークでの29年を冷静に振り返った。そして完成したのが拙著『ニューヨーク・ジャズ・アップデート』である。

 近年YouTubeやソーシャル・メディアの発達で、日本にいながらニューヨークの最先端の音楽に触れることができる。しかし、ライヴの現場で空気の振動で音楽を体感するのは、また別の経験だ。音楽に没入して写真を撮影し、英語でアーティストと直接彼らの音楽について語り合う。30年近くにわたってニューヨークのアーティストの音楽が進化し成熟する過程を見守ってきたことは、私にとってかけがえのない経験だった。

 1993年に自らのビッグバンドのレギュラー・ライヴがスタートした頃に出逢った作編曲家、マリア・シュナイダー。当初は、ステージに17人のバンド・メンバーがいながら、客席は10人に満たないということもあったが、その音楽は輝いていた。そしてマリアは、現在までジャズ、クラシック、ポップスの部門でグラミー賞を5回受賞。カーネギー・ホールやリンカーン・センターを満員にする姿を見ると、出逢った頃の私の彼女の音楽への確信は正しかったことを認識できた。1967年に亡くなったジョン・コルトレーンに会うことは、叶わなかった。帝王マイルス・デイヴィスも、私が写真家として一本立ちする前の1991年に世を去り、直接言葉を交わす機会を逃してしまった。しかし、最後のジャズ・ジャイアンツ、ソニー・ロリンズには間に合う。1990年代から数回にわたってインタビューと撮影の機会に恵まれ、その豪快なプレイの裏側には繊細な人柄が隠されていることを知って驚かされた。ロリンズが、最愛の妻の死、老いという様々な葛藤の末、2012年に演奏活動から身を引く最後の瞬間を撮影する僥倖にも、私は恵まれる。挾間美帆とは、大学院を卒業し、いよいよニューヨークでのプロ・キャリアを踏み出した2013年に出逢った。最初に聴いたライヴでは、とても器用な作編曲家という印象だったが、瞬く間に自らの音楽のフォーカスを明確にし、全米、ヨーロッパでも頭角をあらわす。彼女のさらなる活躍を期待したい。多くのアーティストとの交流が、『ニューヨーク・ジャズ・アップデート』には凝縮されている。

 2006年に上梓した私の一作目『ジャズでめぐるニューヨーク』は、1990年から2000年初頭のニューヨークのジャズ・シーンを俯瞰した一冊だった。2010年の『ニューヨーク アウトドアコンサートの楽しみ』では、ジャズだけでなくクラシック、ポップス、ワールド・ミュージックと様々な音楽が溢れるニューヨークの一夏の野外コンサートを取り上げた。本作では、2010年以降のニューヨークのジャズ・シーンの動向と、現在の音楽が生み出されたプロセスを、ライヴ写真を大きくフィーチャーして語った。『ニューヨーク・ジャズ・アップデート』が、読者の皆様が現代のニューヨーク・ジャズの魅力を知る一助になれば、著者冥利につきる。

小学館 本の窓
2018年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

小学館

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