『ギリシャ・ラテン文学』 逸身喜一郎著

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ギリシャ・ラテン文学

『ギリシャ・ラテン文学』

著者
逸身喜一郎 [著]
出版社
研究社
ISBN
9784327510015
発売日
2018/05/22
価格
3,240円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『ギリシャ・ラテン文学』 逸身喜一郎著

[レビュアー] 宮下志朗(仏文学者・放送大特任教授)

具体的、理知的な分析

 文学史を通読したのは、大学院受験対策のフランス文学史以来ではないだろうか。西洋古典韻律論の世界的な権威による、文句なしの名著。

 コンセプトは明快。文芸の原点は韻文とその口誦(こうしょう)性・音楽性にあるとして、韻文作品だけを論じる。プラトン、へーロドトス、ルキアノス、キケロ、セネカ、プルタルコスは不在だ。また、叙事詩や悲劇といった「ジャンル」は、それを成立させている「場」――悲劇ならば祝祭――と不可分で、約束事に支配されていたことが強調される。したがって才能の越境はなかった。マルチタレントの出現は、散文が発達するヘレニズム期以降だという。そして、叙事詩のホメーロス、悲劇のアイスキュロスなど、どのジャンルにも天才が不意に出現し、彼らの作品が規範となり、伝統が作られていくという視点。

 作品分析は、具体的、理知的にして親切だ。『オデュッセイア』だと、第一巻ではトロイア船出以後の主人公の冒険はほぼ終わっており、それが語られるのは第九巻からで、いわば映画の回想シーン。挿話が時間軸に沿って並ぶ『イーリアス』にはこの種の工夫はなかったと最初に教えてくれるから、ありがたい。亡き戦友(アキッレウス、アガメムノーン、アイアース)との再会をはたす「冥府(めいふ)行」では、オデュッセウスが話しかけても、怒りの解けぬアイアースは黙って立ち去る。この挿話を範例とし、ソフォクレースは『アイアース』で、その鎮魂につとめるオデュッセウスを描き、ウェルギリウスは『アエネーイス』の「冥府行」で、自殺したカルタゴ女王をアイアースと重ね合わせる。「本歌取り」が表象する、作品の連鎖が語られる。

 今世紀に入って、サッフォーの詩が古代ミイラの棺(ひつぎ)から見つかったという。棺は反故(ほご)紙のパピルスを貼り合わせて作られていたからだ。こうした古典文献学の知見も読み手を魅了する。それにしても、圧倒的な傑作の数々を生んだ古代ギリシャという奇跡の「場」よ!

 ◇いつみ・きいちろう=1946年、大阪生まれ。東京大学名誉教授。著書に『ラテン語のはなし』など。

 研究社 3000円

読売新聞
2018年7月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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