『後醍醐天皇』 兵藤裕己著

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後醍醐天皇

『後醍醐天皇』

著者
兵藤 裕己 [著]
出版社
岩波書店
ISBN
9784004317159
価格
907円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『後醍醐天皇』 兵藤裕己著

[レビュアー] 本郷恵子(中世史学者・東京大教授)

人物像の偏向ただす

 後醍醐天皇(1288~1339年)は、日本の歴代天皇のなかで特異な存在感を放っている。天皇権威を回復せんとする強固な意志は「賢才」と称賛され、既成の秩序を顧みない政治手法は「物狂(ぶっきょう)の沙汰」と批判された。彼が引き起こした南北朝の動乱は、蒙古襲来以来蓄積されていた矛盾を一気に顕在化させ、日本社会の構造を大きく変えた。

 本書は、『太平記』の精緻(せいち)な校注本を、10年以上の歳月をかけて完成させた著者が、その仕事を踏まえて、後醍醐の実像と虚像を論じたものである。後醍醐の誕生以来の事跡を追うとともに、彼の政治姿勢を支えた思想的背景を読み解いていく。

 著者の専門は日本文学だが、その問題意識は歴史・思想の分野にまたがっており、叙述は中世から始まって、近代・現代にまで及ぶ。逆にいえば、後醍醐その人の営為が、今日にいたる日本の歴史全体に影を落としているのである。

 重要な指摘は多いが、中世史学の成果と関連の深い部分をとりあげよう。網野善彦は1986年刊行の『異形の王権』のなかで、後醍醐が天皇位にありながら、自ら聖天供(しょうてんぐ)の修法(しゅほう)を行って、鎌倉幕府調伏(ちょうぶく)を祈ったとした。同時に、彼の密教の師である文観(もんかん)を、邪教立川流の中興の祖と述べ、「天皇史上、例を見ない異様さ」を強調して話題となった。だが著者によれば、天皇による修法には前例があり、また修法の目的も不穏なものではなかっただろうという。さらに文観を「邪魔外道(じゃまげどう)」と貶(おとし)めるのは『太平記』の虚構であり、邪教と結びつけるのも江戸時代の俗説だとする。中心・正統よりも、周縁や逸脱に目を向ける網野史学が、後醍醐という突出した人物と出会って過剰に反応したもので、再考を要するということになるだろう。

 本書は、後醍醐評価の偏向をただすことで、かえって彼の「新政」の革新性を示し、天皇と民をめぐる多くの問題を提起している。

 ◇ひょうどう・ひろみ=1950年生まれ。学習院大教授。著書に『太平記』(全6冊、校注、岩波文庫)など。

 岩波新書 840円

読売新聞
2018年7月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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