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深い愛情と敬意があふれる 文豪に送られた追悼文
[レビュアー] 石井千湖(書評家)
一九四八年六月十九日、太宰治は遺体となって発見された。没後七十年経った今も多くの読者に愛されている文豪は、どんな人物だったのか。河出書房新社編集部編『太宰よ! 45人の追悼文集』は、同時代の作家や関係者の言葉から浮き彫りにしようとするアンソロジーだ。
師であった井伏鱒二によれば〈自分で絶えず悩みを生み出して自分で苦しんでいた人〉で、ともに「無頼派」と呼ばれた坂口安吾によれば〈親兄弟、家庭というものに、いためつけられた妙チキリンな不良少年〉、弟子の田中英光によれば〈愚劣な先輩や、無智な編集者に取囲まれていた〉〈誠実な作家〉。同じ人物でも関わり方が違えば、異なる一面が見える。その人だけが記憶している光景を写した文章に惹かれる。
例えば、旧制青森中学の同級生で画家の阿部合成の「追憶」。低い声で機関銃のようにしゃべる中学生の太宰、藍みじんの着物に結城の袴といういでたちでいっぱしの文士を気取る太宰、戦地へ行く友の足の指を洗ってやりながら泣く太宰……在りし日の姿が鮮やかに思い浮かぶ。
豊島与志雄の「太宰治との一日」で締めくくっているところもいい。太宰と心中した〈さっちゃん〉こと山崎富栄の思い出が語られているからだ。最後の段落の優しさにじんとくる。
突然の死がもたらした大きな悲しみは、作家たちから生きた言葉を引き出す。石割透編『芥川追想』(岩波文庫)は、太宰が憧れていた芥川龍之介の追悼文集だ。菊池寛、谷崎潤一郎、萩原朔太郎など四十八人の文章を収める。芥川の癖について書いた内田百間の「湖南の扇」は、何度読んでも切ない名文。
講談社文芸文庫編『追悼の文学史』(講談社文芸文庫)には、佐藤春夫、志賀直哉、川端康成など六人の文士を送る辞が収録されている。列車に向かって怒鳴ったり、長寿のお祝いを断ったり、当然のように店の勘定を払わなかったり。みんな気難しくて困った人たちだが、追悼文からは深い愛情と敬意が伝わってくる。