温泉の日本史 石川理夫 著

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温泉の日本史 石川理夫 著

[レビュアー] 神崎宣武(民俗学者)

◆古事記に始まる列島の湯巡り

 私たち日本人の温泉好きは、世界でも冠たるもの、といわれる。その温泉浴は、首までどっぷりと湯につかる。男女混浴もめずらしくなかった。その歴史を、時代ごとの文献を読み解きながら説いてくれるのが本書である。

 文献上で初登場の温泉は、道後温泉。『古事記』に、皇太子の木梨之軽太子(きなしのかるのひつぎのみこ)と同母妹の軽大郎女(かるのおおいらつめ)との禁断の兄妹相愛の話が出てくる。兄が流刑された先が「伊余湯(いよのゆ)」、つまり伊予国の道後温泉で、妹がその後を追う。「待つには待たじ」(待ってはいられぬ)という言葉がさまざまな想像を呼びおこしてくれる。

 《日本三古湯》と称されるのが、道後・有馬・白浜。それに「束間温湯(つかまのゆ)」を加えなくてはならない、と著者はいう。天武天皇の病気療養の地に選ばれたが、天皇が翌年死亡したため実際には叶(かな)わなかった。が、天皇は、廷臣三名を信濃国に派遣して、行宮(かりみや)の造営までしていた。束間とは、筑摩か、美ヶ原温泉(松本市)を指すのではないか、と著者は想定する。

 仏教と温泉開発、温泉神の変遷についてうんちくをかたむける。その視点は、これまでの温泉史研究でさほど重視されなかっただけに、興味をそそられる。

 古代から中世にかけて、天皇や大名、仏僧たちの温泉行が連なる。古文献を資料としてのことなので致し方ないし、各地の温泉でもそこへの縁(ゆかり)を語り継いでいる。

 が、温泉の多くは、その近辺の名もなき農民や山人(狩猟者)などが利用してきたものだった。本書で民衆の温泉行がとりあげられるのが、江戸時代。江戸も元禄(十七世紀末~十八世紀初め)以降になると、伊勢参宮に代表される庶民の旅が発達する。

 そこで、温泉養生も人気を呼び、箱根七湯(ななゆ)を巡る『七湯のしをり』をはじめ紀行文も多く出された。秘湯の紹介も、古川古松軒(こしょうけん)、高山彦九郎、鈴木牧之(ぼくし)らの紀行文が出てからのことであった。

 終章は、「日本の温泉はこれからどうなるのか」。読者も、著者とともに、はたと考えることになる。

(中公新書・950円)

1947年生まれ。温泉評論家。著書『本物の名湯 ベスト100』など。

◆もう1冊 

岩本薫著『戦国武将が愛した名湯・秘湯』(マイナビ新書)

中日新聞 東京新聞
2018年7月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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