38歳女性が出会い系サイトで会った70人に本を薦めまくって感じたこと

対談・鼎談

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出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと

『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』

著者
花田 菜々子 [著]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784309026725
発売日
2018/04/18
価格
1,430円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

【特別対談】花田菜々子×岸政彦「〈その場限り〉の切実さについて」〜『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』刊行記念

[文] 碇雪恵

質問者1 本を読んだ方は花田さんに本をすすめてほしくなると思うのですが、今でも本を人におすすめしていますか?

花田 じつは今、平均一日一人くらい「わたしも一冊お願いします」という方がお店にいらっしゃいます。さすがに30分まるまるお話を聞いて選ぶというわけにはいきませんけど、その方の経歴や好きな作家を聞いて、そこから自分のすすめたい本をすすめていきますね。あとは、悩みを話される方もけっこういます。こないだも泣きながら「姑とうまくいかなくて限界です」と話される方がいらっしゃいました。

岸 その問題に対しては本でいいのかって気もするけど(笑)。「恋愛小説をすすめてほしい」っていう風にジャンルから入るのか、「姑とうまくいかなくて」って悩みから入るのかだとどっちがむずかしいですか?

花田 より具体的なテーマや言葉が出てくるほどひらめくものがあります。恋愛小説ってジャンルだけだとしぼりにくいし、その方がどういう価値観をお持ちなのかっていうのがつかめないと選びにくいですね。

岸 言い尽くされていることだとは思うけど、花田さんの場合は本をすすめること自体が表現ですよね。人の話を聞いて花田さんは本をすすめる。ぼくは人の話を聞いて論文や本を書く。なんかすごい共通することしてるのかも。

質問者2 ぼくも本を人にすすめてみたいのですが、なかなかうまく伝えられません。花田さんは本を読んでいる最中から、人にどうやってすすめたらいいか考えていますか?

花田 どういう言葉を選べば伝わるかなっていうのはいつも考えてるかもしれません。ちょっと面倒なんですが、本読んだ時に感想を書き留めておくとあとで役に立ちますね。

岸 ほんとに花田さん、読むプロですね。読んで売るプロ。学生に勉強をしてもらう時、一番身につくのは、ほかの学生に教えさせることなんです。人から教わるよりも、人に教えるほうに立つと、深くコミットするし頭に入る。それと同じで、最初から人にすすめるつもりで読むと、頭に入りやすいのかもしれません。ヴィレッジヴァンガードのときからそうなんですか?

花田 ああ、言われてみるとそうですね。売り場がごちゃごちゃしているので、強い単語とか具体的な言葉で引き込まないと本を見てもらえないって環境で試行錯誤していたので、そこで鍛えられました。

社会学者の岸政彦さんと書店員の花田菜々子さん

質問者3 おふたりは社会学者、書店店長を職業とされていますが、生業となるまでにロールモデルのような人はいましたか?

花田 ロールモデル…そもそも本屋になりたいと思っていたわけではなくて。たまたまヴィレジヴァンガードという場所が自分にすごく合っていて、はじめて仕事のやりがいを教えてくれる場所でした。そういう意味では、ヴィレッジヴァンガードに、人間的にも仕事的にも自分にとってのロールモデルがたくさんいた。そこから尊敬できる人の幅もどんどん広がっていって、ほかの業種であたらしいことを考えている人とか、連続してそういう出会いがありました。

岸 昨日はホホホ座の山下(賢二)さんとイベントだったんですよね。もともとガケ書房っていう名前で、花田さんの本のなかにも、もっとも尊敬する方のひとりとして出てきますよね。

花田 そうですね。しばらくお店に通っていたのですが、山下さんご本人とお会いするのはだいぶ後のことで、でもお会いしてみると自分がお店で感じたものと本人にズレがなくて感激しました。山下さんも尊敬している人の一人です。

岸 ぼくはロールモデル、めっちゃいます。たとえば大阪市立大学は、青木秀男さん、石原昌家さん、野口道彦さんなど、錚々たるフィールドワーカーを輩出していて、「理屈はいいから現場に行ってこい」っていう考え方がそこでは当たり前なのですが、それが大学院時代に叩き込まれたのは本当によかったです。

質問者4 30分だけ人と話して本をすすめるのは、とてもむずかしいと思うのですが、限られた時間のなかでその人を理解するためにはどんなことに気を付けていましたか?

花田 おっしゃる通り30分ってとても短くて、だらだらした世間話だけでもすぐ過ぎてしまいます。だからこそ、少しでも何か芯のようなものを感じて帰りたいなって気持ちがありました。その人自身が持っている思いに触れないと、自分自身が退屈っていうか。30分話を聞いて、たとえば「実はさみしがり屋ですね」っていうと大体の人に当てはまりますよね(笑)。そう言われて「その通り」と感じる人もいるかもしれないし、「別にそんなことないけど」って人もいるかもしれない。それでも、「少なくともわたしは、あなたをこういう人だと感じた」っていうのを伝えることで、その人の心を動かすきっかけになればなぁっていう。すすめた本も別に読まなくてもいいのですが、「かかわってくれることがうれしい」と感じてくださる方が結構いるんだなっていうのは、やってみて感じましたね。

岸 もし花田さんが30分誰かと会って「あなた実はさみしがり屋ですね」って言ってるだけだったら表現にならないんですよね。やっぱり、その30分の話のなかから、とても本質的な部分を受け取ることが上手いんだと思います。
 「人の話を聞く」という点でぼくらの仕事は似ていますよね。量的に統計で分析するのに比べて、生活史は人の人生や人格を理解できる方法だと言われています。最初はぼくもそう思っていたけど、ずっとやっていくうちにそうでもないなと思い始めて。だって、話聞くのってせいぜい2時間くらいなんですよ。80歳や90歳の沖縄の方の人生を、1時間や2時間で聞けるわけがない。でもそのなかでも、とても面白い話、良い話を聞くことができる。「その人ともっと関係性をつくった方がいいんじゃないですか」という質的調査や生活史に対しての批判は結構あって、社会学者のなかにも「わたしはこれだけ語り手とこれだけ深くかかわったから、すごくいい話が聞けた」ってことを本で自慢する人がいるんだけど、そういうのは不遜だと思うんですよ。たまたま会った人から、当然その人の人生全体ではないにせよ、1時間の話をありがたくいただいて持って帰って、あとは自分で表現をするっていう。だから私たちは本を書いたり、あるいは人に本をすすめたりするわけですよね。短い時間ではあっても、なにかの理解は発生しています。そういうことだと思います。

花田 単純に「時間の長さ=理解の深さ」ではないと思うし、「その場限り」であってもそこで起きたことが偽物というわけでもないのかなと思っています。

岸 費やした時間によって、それに適した書き方があると思いますね。花田さんの場合は、30分間人と話してそれをじぶんの中で咀嚼した上で本をすすめていたと。何度も言うけどそれ自体が表現ですね。「その場限り」でみたこと、感じたことを本をすすめるという表現に昇華させたことは、やはり本当に面白いことだと思います。

(2018年5月26日 スタンダードブックストア心斎橋店)

対談構成=碇雪恵

河出書房新社
2018年7月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河出書房新社

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