刀城言耶シリーズ最新作 過去作に比べて優れた一冊

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碆霊の如き祀るもの

『碆霊の如き祀るもの』

著者
三津田信三 [著]
出版社
原書房
ISBN
9784562055814
発売日
2018/06/28
価格
2,090円(税込)

“明確な答え”のない殺人事件の謎を解く、シリーズ秀逸の一冊

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 答えが見つからないもどかしさこそが、本書最大の魅力ではないか。

 三津田信三『碆霊の如き祀るもの』である。時代は大戦の傷まだ瘉え切らぬ昭和、険しい地形のため孤立した犢幽(とくゆう)村が物語の舞台だ。峻険な山には鬼が棲み、海上に出れば彷徨する亡者(ぼうもん)に遭遇するのだという。作家の東城雅哉こと本名・刀城言耶(とうじょうげんや)は民俗採訪のためこの地にやって来た。

 村へ到着し、笹女(ささめ)神社で一夜を過ごした翌朝、言耶は宮司の籠室岩喜(かごむろがんき)の案内によって竹林宮(ちくりんぐう)を目指した。足を踏み入れた行商人が急激な飢餓感に襲われ、危うく命を落としかけたとの伝承が残されている場所である。そこで彼らが発見したのは、祠の前に横たわる死体だった。竹林の中心でその者は、餓死していた。

 人間が餓えて死ぬまでは五日はかかる。死者はそれまでになぜ脱出しなかったのか。あるいは巧妙な手口を用いた殺人なのか。それが読者に示される最初の謎だ。本書は「四つの怪談」と題された章から始まっており、江戸から昭和にかけて起きたとされる異変がまず紹介される。現実の事件とこの怪談とがいかに結びつくのかも読みどころの一つだ。

 刀城言耶の登場する本シリーズにおいて、作者は架空の共同体を設定し、特殊な民俗伝承ゆえに起きる事件を描くという手法を取っている。舞台が事件を規定するのである。探偵は毎回、事件の核心を衝くのと同時に伝承の謎をも解き明かさなければならない。シリーズ過去作に比べて本書が優れているのはまさにその点だ。犢幽村の抱える闇は、実に奥深いのである。

 どんな謎にも明確な解が示されるのが物語の楽しさだが、現実の世界では難しい。単独の解が正しいとは限らないし、真偽が曖昧な領域は常に存在する。今回探偵が大苦戦するのは、そうした複雑なありようを自らの言葉で表現しなければならなくなるからだ。ゆえに解決篇には圧巻の迫力がある。探偵は世界と闘う。

新潮社 週刊新潮
2018年7月19日風待月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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