「吃音」は解決/回避すればOK? 本書の答えはノー。

レビュー

8
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どもる体

『どもる体』

著者
伊藤 亜紗 [著]
出版社
医学書院
ジャンル
自然科学/医学・歯学・薬学
ISBN
9784260036368
発売日
2018/05/28
価格
2,160円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

ことばと人間の不思議を巡る 吃音ワールドの大冒険

[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)

 一九九五年、アメリカ音楽チャートをはじめ全世界で爆発的に売れたスキャットマン・ジョンをおぼえていますか。彼は吃音者だったが、超絶技巧の高速スキャットでは決してどもらないので、歌が彼の救いになった。わたしは彼を知ってはじめて、自分も軽い吃音だと気づいた。

 わたしの場合、からかわれたことがないせいか、悩んだこともあまりないが、吃音はときに人の自尊心を大きく傷つける。だから多くの人は、どもる自分を人に見せまいとしてもがく。けれども吃音は、「解決または回避すればOK」というような単純な問題なんだろうか。

 この本の答えはノーだ。しかも、とても元気がよく、包容力に満ちたノーである。どもることをなんらかの機能不全や困り事ととらえるのではなく、「どもる人の体と心に湧き上がっているなにか」をさぐる。吃音ワールドの大冒険である。

 人によって、どもる契機もどもり方もさまざま。だからこの本では、どもる人ひとりひとりに、自分自身による取扱説明書のような語りを求め、その内容にじっくりつきあう。個別性に没入しているうちに、普遍性のうしろ姿が見えてくる。自分の体が自由にならない状態は、きわめて普遍的な苦しみだ。

「た」のような破裂音を言うとき、「最後まで言えるか言えないかの途中なので(中略)、挑戦してる感じ」という人。自分にとって難しい発音が「三単語先に」来ると意識して、別の語に言い換えるかどうか考えている人。逆に、言い換えによる吃音回避は「反則」だと考える人。みんなに共通するのは、ことばと人間とのふしぎな関係を「わがこと」として受け止める責任感、そして思索の深さだ。

「治る/治らない」の二分法からはこぼれおちてしまう豊かな混沌の海を、ぜひ覗いてみてください。イキのいいピンクのタイトル文字が目印です。

新潮社 週刊新潮
2018年7月19日風待月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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