後世の作家たちに受け継がれるアメリカ文学巨匠の先駆的技法

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  • ワインズバーグ、オハイオ
  • 八月の光
  • ここは退屈迎えに来て

書籍情報:openBD

後世の作家たちに受け継がれるアメリカ文学巨匠の先駆的技法

[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)

 ひとつの町を通じて、そこに生きる人びとの生を多元的に浮かび上がらせる。

 今ではポピュラーとなったその手法の先駆けと呼べる傑作がシャーウッド・アンダーソン『ワインズバーグ、オハイオ』だ。十九世紀末、オハイオ州の架空の田舎町を舞台に、取り残された人間の哀しみや憤りを連作短編の形で鮮烈に描き出す。

 俺/私は他の人とは違うんだ―その、ひりつくような思いの強さゆえに、かえって凡庸に陥ってしまう者たちの「いびつな姿」は、今を生きる私たちの煩悶をも照らし出してくれる。

 ヘミングウェイ、スタインベック、カーヴァー……アメリカ文学を代表する作家たちがアンダーソンに影響を受けたことが知られているが、ウィリアム・フォークナーはその筆頭だろう。彼もまたヨクナパトーファ郡という南部の架空の土地を舞台に数々の名作を世に送り出した。屈指の大作、『八月の光』が暴き出すのは、近代化の混乱の中で従来の価値観の軛(くびき)に苦悩する人間たちの業―つまりアイデンティティの喪失という普遍的な主題だ。フォークナーといえば時系列が錯綜するため手強いイメージがあるが、先日光文社古典新訳文庫から刊行された黒原敏行訳は積極的に意訳や訳注が導入されるぶん、驚くほど読みやすいので是非挑戦してみてほしい。

 山本周五郎『青べか物語』、宮本輝『夢見通りの人々』、佐藤泰志『海炭市叙景』、川上弘美『どこから行っても遠い町』……これら日本の作品も『ワインズバーグ~』のスタイルに倣って書かれたもの。今秋映画が公開予定の山内マリコ『ここは退屈迎えに来て』(幻冬舎文庫)もその系譜に連なるものだ。『ワインズバーグ~』に登場した若き新聞記者が、どこにも行けない人びとの感情の捌け口であったのに対し、本作の回想シーンで登場する椎名という男は、どこにも行けない女の子たちの憧れの捌け口として機能する。ところが現実の椎名は、彼女たちの焦燥など置き去りにし、実にあっさりと目前の風景に溶けてゆく。そこに現代の諦念の姿が集約される。

新潮社 週刊新潮
2018年7月19日風待月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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