『ディス・イズ・ザ・デイ』 津村記久子著

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ディス・イズ・ザ・デイ

『ディス・イズ・ザ・デイ』

著者
津村記久子 [著]
出版社
朝日新聞出版
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784022515483
発売日
2018/06/07
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『ディス・イズ・ザ・デイ』 津村記久子著

[レビュアー] 藤原辰史(農業史研究者)

縁を与えるサッカー場

 サッカーW杯も終盤を迎え、いささか時機を逸してしまった感があるが、サッカーチームを応援する人びとの群像を描いた小説である。

 津村作品になぜ惹(ひ)かれるのか、私はいまだにその理由をつかめぬまま、たくさん読んできた。作中人物たちは、いまいちパッとしないけど、自分の世界をそこそこに築いていて、それゆえ発生する社会とのコンフリクトを、解決したり、棚上げしたり、全力で立ち向かって疲れ果てたりする。この無理のない目線が気持ちいい。

 ネプタドーレ弘前、三鷹ロスゲレロス、カングレーホ大林、松江04、モルゲン土佐、桜島ヴァルカンなどが活躍する架空の二部リーグの試合に読者はなぜか一喜一憂してしまうだろう。個性が強すぎる選手、弱点がはっきりしている選手、地域色濃厚な応援、厳しい財政事情、どれもが細部まで描かれているので、私なんかは松江04の俄(にわ)かファンになり、最後に掲載される採点表で一六位だったことに若干の悔しさを覚えたほどだ。別のチームだが、得点王の窓井草太の破天荒さは、両親のいない兄弟の関係を修復させるほどの輝きを放っている。

 ただ、本書の主題は選手ではない。応援者たちだ。作者の周縁への目線はいつも静かで柔らかい。兄弟で仲が悪くなったり会社でいじめにあったり、学校に通えなくなったり、夫に逃げられたり、離婚して子どもとも離れたり、私たちの身の回りにもいる苦労人たちに、サッカー場はたくさんのものを与えてくれる。弱いチームを応援している仲間はもちろん、各地域ならではの食べものや飲みもの、そして歌も。食べて飲んで騒ぐ場所としてスタジアムが素敵に機能していることに気づかされたのも収穫だ。

 登場する人間も土地もチームもみな、上でも内でも中でもなく、どちらかというと下であり外であり縁(へり)である。だからこそ、この作品が活写したように、サッカー場を通じて不思議な縁(えん)が次々に生まれていくのかもしれない。

 ◇つむら・きくこ=1978年生まれ。「ポトスライムの舟」で芥川賞。2017年『浮遊霊ブラジル』で紫式部文学賞。

 朝日新聞出版 1600円

読売新聞
2018年7月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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