あの町がこわい――『ぞぞのむこ』著者新刊エッセイ 井上宮

エッセイ

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ぞぞのむこ

『ぞぞのむこ』

著者
井上宮 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334912321
発売日
2018/07/20
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

あの町がこわい

[レビュアー] 井上宮(作家)

 その町の、その総合病院へ行ったのは一昨年のこと。胃の不調が何年も続き、胃カメラ検査を受けるためだ。

 その町は車で通ることはあっても訪れたことはなかった。病院は昔流行(はや)ったペンションみたいな外観だった。受付をすませ検査室へ行くと、出てきたのは異常に痩せた骨と皮ばかりの看護師だった。肌が鮫肌で土気色(つちけいろ)をしている。

 胃カメラの挿入は口からと前もって選択しておいたのだが、看護師は「今日は口からなんですね……」と見るからにがっかりした様子で「次はぜひ鼻からを!」といやに勧めてくる。麻酔だという何やらドロリとした液体を口に流しこまれ、検査台に俎(まないた)の鯉よろしく寝かされ、どうぞなるべく楽に速やかにすみますようにと私が祈っていると、看護師が騒ぎだした。先生はどこ? どこいっちゃった?

 ここまでくると、私の中で厭な予感がいや増してきた。もしかしてこの町って例の――

 看護師がやっと連れてきた医師は、なんか小さいお爺さんで、ちょこちょこ歩いてくると、胃カメラのけっこう太いコードを手に取った。すると、たちまちそれは頭をもたげ、あちらを見、こちらを見、眼玉を赤や青に光らせる。

 いきなり医師がクネクネ動くその物体を私の口へ突っこんだ。鉄の棒がぐいぐい食道を押し広げていくような、あまりの苦痛に思わず手で防ごうとしたら、土気色の看護師と、もう一人やけに美人の看護師が飛びついてきて、二人がかりで私を押さえつける。動きを封じられ、体内を異物が突き進む中、私は涙を流し確信した。やっぱりここは例の町――

 遠い田舎へ行って怖い目にあうというのはホラーの一つのパターンだけど、隣の町や、通勤通学で毎日電車で通るだけの町も、実は知らないだけで怖いところなのかもしれない。

 拙著『ぞぞのむこ』はそんな町、漠市(ばくし)がもたらす災厄の物語です。(幸い胃は異常なしでした。)

光文社 小説宝石
2018年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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