『能面検事』
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能面と体面
[レビュアー] 中山七里(小説家)
かつて公務員はこの国の立役者だった。戦後の焼け跡から奇跡の復興を遂げた際、そこには常に有能な官吏の姿があった。実際ある時期まで、この国は彼らが先導してきたと言っても過言ではない。上から末端まで、公務員と呼ばれる秀才たちが公僕という二文字を矜持(きようじ)に遮二無二働いたからこその経済大国だった。
然(しか)るに現在はどうか。取材記者を幼児言葉で口説(くど)く財務省事務次官、忖度(そんたく)重視で筋も主張も屈曲させた省庁。国民に奉仕するはずの公務員が、いつの間にか私心と保身に奉仕している。もちろん全員ではないが、それにしても情けないほどの堕落・零落・凋落(ちようらく)ぶり。
それならばとヒーローたる公務員を活躍させるのが大衆小説家の役目であり、かくして私心も私欲もなく、唯々職責を全うせんがために邁進(まいしん)する検察官が誕生するに至った。不破俊太郎(ふわしゆんたろう)、大阪地方検察庁担当検事。私心どころか一切の感情を表に出さず、能面のごとき無表情で己の流儀を貫く男。相対するは組織防衛と体面でこれも顔を強張らせた公務員たち。一騎当千、孤立無援。一意専心、快刀乱麻。剛毅朴訥、確乎不抜(かつこふばつ)。狷介孤高(けんかいここう)に勇往邁進、されども作者は七転八倒。果たして不破は勝てるのか、併行する犯罪捜査は実を結ぶのか。
光文社さんからの元々のオファーは「お前が書きたいものを書け」という内容だった。当方、自分の書きたいものほど書きたくないものはなく、「シリーズものにしてみせるので、それだけは勘弁してほしい」と平身低頭して了解をもらった次第。果たして連載終了時に目出度く続編連載が決定し、今月号にてお披露目と相成った次第。しかしながら本当にシリーズになるかどうかは本書の売れ行き如何であるため、今度は読者諸氏に平身低頭する次第。
東西東西。