贅沢な読書
[レビュアー] 藤野恵美(作家)
本は書かれている内容はおなじであっても、だれが、いつ、どんなふうに読むかによって、そこに見えるものが違っているというのは、よくよく考えてみると不思議なものだなあと思います。おなじ本を読んで、あるひとは面白く感じたのに、べつのひとは微塵も心が動かなかったりします。子供のころに読んだ本を、大人になってから読むことで、以前とは違うものが見えたりもします。
そういう意味では、そこに描かれている物語はおなじなのに「本を自分でお金を出して買った場合」と「図書館などで借りてお金を払わずに読んだ場合」で、感動に違いが生じるということも起こり得るのではないでしょうか。
今回の新刊は、高級チョコレートのパッケージをイメージした装丁になっています。この物質としての本を読者さんが手に取り、書店のレジに持って行き、購入するというところから、物語が始まっているのです。
本作は「駄菓子的なチョコレート」と「最高級のチョコレート」の違いが重要なモチーフとなっており、単行本を買うという行為が、箱入りの高級チョコレートに価値を見出す登場人物たちへの共感をより深くするのではないかと思うのです。
ちょうど六月号の「小説宝石」にて、弘松涼氏がインタビューで、一般文芸と「小説家になろう」系の違いについて「一流のシェフとB級グルメのシェフは、戦っているフィールドが違う」と答えていらしたのを読み、それぞれの矜持(きようじ)というものについて考えました。多様性は豊かさであり、違いを分析するのは面白いです。
街から書店が消えゆく昨今、一般文芸の単行本を購入するひとは「特別な存在」だとつくづく感じます。
単行本という「贅沢品」だからこそのリュクスな読書体験をじっくりと味わっていただければ幸いです。