『不在』
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手に入れたかったものは何か、家族とは幻か
[レビュアー] 東えりか(書評家・HONZ副代表)
徹頭徹尾、不穏な小説だ。この先にはきっと不幸な出来事が起こる。そんな予感を抱えながらページをめくる手が止まらない。
斑木(まだらぎ)アスカというペンネームの人気漫画家、錦野明日香は三十一歳。五歳年下で俳優の恋人、冬馬とは結婚間近だ。
ある日、長く疎遠だった父が死んだと母から連絡がある。幼い頃に両親は離婚し、明日香と兄は母と一緒に家を出た。立派な洋館である生家は、祖父・父と続いた医院で近隣から信頼を集めていた。だが祖父が亡くなったあと、父は医院をたたみ、その洋館で独り暮らしをしていて倒れたのだ。
遺言には「屋敷と土地を明日香に相続させる」と書かれていた。芝居のために金を必要としている冬馬のため、業者には頼まずふたりで屋敷の片づけを始めた明日香は、子ども時代の遠い記憶を思い起こす。厳しかった祖父、優しかった祖母、両親の喧嘩、いつも正しい兄。
ヨーロッパから買い付けたという家具を売り、リフォームして、洋館好きの人に貸し出そう、そんな目論見(もくろみ)をしていた明日香だが、目につく物の記憶に捕らわれてしまう。
母と去った後、この屋敷には新しい女性とその子が移り住んでいた。しかしそれも上手くいかず、父は孤独に暮らしていたらしい。懐かしい品物から父の痕跡を見つけ、それに執着していくうちに、明日香と冬馬の間には隙間風が吹きはじめ、順調だった仕事にも影が差し始める。明日香が手に入れたかったものは何か。家族とは幻なのか。
家族も所詮、個人の集まり。固い絆も簡単に解体する。問題はその後だ。最後の一行で『不在』というタイトルが見事に着地した。