「国際主義」に生きた日本人たち――細谷雄一『戦後史の解放II 自主独立とは何か』

レビュー

9
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戦後史の解放Ⅱ 自主独立とは何か 前編

『戦後史の解放Ⅱ 自主独立とは何か 前編』

著者
細谷 雄一 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784106038297
発売日
2018/07/27
価格
1,404円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

戦後史の解放Ⅱ 自主独立とは何か 後編

『戦後史の解放Ⅱ 自主独立とは何か 後編』

著者
細谷 雄一 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784106038303
発売日
2018/07/27
価格
1,404円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

「国際主義」に生きた日本人たち

[レビュアー] 篠田英朗(東京外国語大学教授)

 鮮やかだ。こういう爽やかな政治史を書いてみたい、と素直に思う。

 国際的な視点から、日本史を見る。素朴だが、贅沢な要請だ。果たして本書より以前に、この要請を、これほど見事に満たしてくれた書物があったか。見事な労作である。

 本書は、細谷による「戦後史の解放」というシリーズの「二巻目」の「前編」と「後編」である。このシリーズの構成は、いささか複雑になってきている。戦前を扱った一巻から始まり、敗戦から憲法制定までの時代を扱った「二巻前編」をへて、三冊目の「二巻後編」で冷戦下のサンフランシスコ講和条約の時点にたどり着く。この複雑な構成は、しかし細谷が、斬新な歴史書を書いていることの証しでもある。

 細谷は、国際政治史を専門とする。その細谷が、なぜ日本政治史の著作シリーズを刊行しているのか? 答えは簡単である。細谷は、国際政治史家でなければ書けない日本政治史を、書いているのだ。

 このシリーズのテーマは明確だ。国際政治史の中で、日本政治史を描き出す、ということである。

 日本の歴史が国際社会の歴史の一部として存在していることは、自明だ。世界大戦の前後の時期となれば、特にそれが当てはまるはずだ。

 だが実際には、国際政治史の中の日本政治史を描き出すことは、容易ではない。数多くの人々が、日本国内の政治状況に引きずられてしまい、曇り眼鏡で国際社会を見てしまう誘惑に惑わされてきた。あるいは、日本の内情を看過して、平板な国際政治史を書く陥穽にはまりこんできた。

 しかし、細谷は、驚くべき程に広範な国際政治史に関する知識と、熱情に満ちた日本政治史への洞察とを、鮮やかに結合させる。そして見事なまでに美しい、国際政治史の中の日本政治史を、紡ぎだす。

 要領よく、バランス感覚を持ち、日本占領期や、冷戦勃発期の国際情勢を具体的に描写していく筆致は、さすがである。ただしそこでさらにこの労作を際立たせるのは、やはり細谷の人間への深い関心であろう。

 細谷の語り口は、いつもながらに滑らかだ。読者は、流れるように展開する五〇〇頁以上の「前編」「後編」を、一気に読了するだろう。しかしもちろん、その滑らかさは、細谷が何の苦労もなく本書を書き上げたことを、意味しない。「おわりに」で語られている執筆の苦労は、嘘ではないだろう。苦闘しながら、細谷は、何度も新潮社の宿泊施設に泊まったという。しかし細谷は、その「戦後史の世界に没頭する日」を「至福の時間」と振り返る。

「前編」の「はじめに」は、一九四一年生まれの坂本九のエピソードで始まり、「後編」の「おわりに」は、吉田茂、白洲次郎、近衛文麿の旧邸宅への訪問のエピソードで終わる。本書の中で、細谷の熱い眼差しは、さらに芦田均、幣原喜重郎らにも、向けられる。

 歴史の節目で、苦悶しながらも、国際社会の中で生きる日本を見つめ、決断してきた日本人たちを、細谷は、豊かな筆致で語り続ける。あたかも彼らが旧知の友人であるかのように優しく、語り続ける。そして「国際主義」に生きた日本人たちを通じて、細谷は、運命という大海の荒波に翻弄されながら、なお気概を持って生き抜いていこうとする日本人の姿を明らかにする。

 第二巻を通じて細谷が特に光をあてるのは、歴史の転換期に決定的な役割を演じた日本の「国際主義者」たちだ。たとえば「前編」では、ダイナミックに日本国憲法制定をめぐる人間模様を描き出している。「押しつけ憲法」論や「八月革命」論のような抽象的な物語にそって憲法を語っていくのではなく、日本の「国際主義者」たちの国際政治への洞察をふまえた判断の産物として憲法を語っていく手法は、圧巻だ。

「世界史」と「日本史」を分断して教える日本の学校教育の弊害は、「内向き」日本の国際的視野の欠如に、つながっている。細谷の「戦後史の解放」は、そんな視野の狭い歴史観にとらわれている日本人を、国際政治史の中の日本政治史へと、劇的なやり方で「解放」していく書物だ。

新潮社 波
2018年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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