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夏祭りをクールダウンする五冊
[レビュアー] 堀江敏幸(作家)
私が選んだ「新潮文庫」5冊
夏のお祭りで浮き立ったこころを、言葉でクールダウンしておきましょう。涼を取るためではなく、想像のなかでさまざまな雨に打たれることによって、それを現実に生かすためです。
黒い雨粒がむしばむのは、雲であり、地面であり、若い女性の髪であり、日常の皮膚です。手入れをしないで放っておくと、日々はやせ細っていきます。井伏鱒二はその不具合を、淡々と描き出しました。ゆがみの原因は複合的なものですから、なにかひとつを直せばよいというものではありません。夏よりも沈黙の春に後ろ盾を見出した有吉佐和子は、汚染の最大の要因が、化学物質ではなく、私たち自身の欲望にあることを、はっきり教えてくれます。
見えない汚れが付着しているのは、夏にかぎりません。たとえば開高健が臨時海外特派員として戦乱のベトナムで目にした光景は、夏の闇を超え出て、ほとんど白い闇と化していきました。打ち上げ花火の鮮やかな色が、すべて重なってできた白。それは透明ではありませんし、自然界の白とも合致しません。黒い雨粒や硝煙のまじった白です。その白のフレアに身を隠したのが、丸谷才一描くところの、徴兵忌避の砂絵師でした。
砂絵は消すために描かれます。鴎外が三年過ごした小倉での日記の行方を追う男の生涯は、例外的な言葉の砂絵として、松本清張の手で残されました。美しい汚れがあるとしたら、「或る」の周辺だけかもしれません。
●『複合汚染』有吉佐和子[著]
●『黒い雨』井伏鱒二[著]
●『笹まくら』丸谷才一[著]
●『輝ける闇』開高健[著]
●『或る「小倉日記」伝』松本清張[著]