元遊廓の転業旅館を訪ねて――関根虎洸『遊廓に泊まる』

レビュー

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遊廓に泊まる

『遊廓に泊まる』

著者
関根虎洸 [著]
出版社
新潮社
ISBN
9784106022845
発売日
2018/07/31
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

元遊廓の転業旅館を訪ねて

[レビュアー] 関根虎洸(フリーカメラマン)

 かつて満州国があった大連を訪ねたのは2014年。私は古い風俗本のコピーを携えて、大連の街を彷徨い歩いていた。

 昭和5年に出版された『全国遊廓案内』(日本遊覧社)は、戦前の遊廓情報が軽妙な文体で詳細に描かれている。古本市場では好事家の間で人気が高く、数万円の高値がついていた。国会図書館で閲覧できることが分かり、しばらく眺めていると、目次の末尾に書かれた意外な地名に目が止まった。「台湾」「朝鮮」と並んで「関東州」が紹介されていたのだ。関東州とは日露戦争後にロシアから日本へ移行された租借地、現在の大連市一帯のことである。私はそのページをコピーして、日本が満州に建設した遊廓跡を訪ねることにした。

 近代的なビルが立ち並ぶ大連の街角に、時間が止まったままの古びた一角があり、かつて遊廓だった煉瓦造りの建物がひっそりと残っていた。戦争も遊廓も知らない昭和43年生まれの私にとって、日本が満州に建てた遊廓跡を訪ねて撮影したことは強く印象に残る体験だった。

 また大連から帰国した翌年、伊勢神宮へ旅行する機会があった。外宮と内宮を繫ぐ参宮街道には古市遊廓があったということを知り、往時の名残りを留める麻吉旅館に宿泊した。江戸時代にお伊勢参りが全国的なブームになったわけだが、各地から伊勢までの長い道のりを徒歩でやってきた多くの男性旅行者は、参拝を済ませた後に、古市遊廓へ登楼することを楽しみにしていたようだ。私が強い興味を持ったのは、この風習が「精進落とし」と呼ばれていたことである。ちなみに遊女たちは、参拝が済んでいない旅行者と分かれば、登楼を断ったという。そうやって精進落としの体裁は保たれていたのだろう。いずれにしても、満州と伊勢の2カ所で元遊廓を撮影したことが、本書の取材を始める契機となった。

 昭和33年に売春防止法が施行されてから、今年で60年を迎える。売防法によって、遊廓や戦後の赤線は、廃業するか、旅館やアパート、料亭などに転業していったが、現在も営業している転業旅館は、全国に何軒くらい残っているのか。いつの間にか、そんな疑問を持つようになり、古い資料やインターネットを駆使して、全国に残る転業旅館を探すことに夢中になった。港町や門前町などに残る転業旅館を一軒見つけては撮影に赴く。そしてまた一軒探す。すでに廃業した旅館や取材拒否の旅館などもあったが、遊廓時代の資料を大事に残している旅館に出会ったり、旅館の経営者から売防法前後の様子を聞かせてもらう機会にも恵まれた。なにより怪しげでありながら、粋を凝らした意匠の遊廓建築に魅せられていった。しかしながら、ほとんどの旅館経営者はすでに高齢であり、後継者の問題は深刻である。残念ながら、近い将来に転業旅館は町から姿を消す運命にあるだろう。

 3年間にわたる取材は、私にとって今後のカメラマン人生の分岐点になりそうだ。いまでは街を歩いても、住居表示や街並み、住宅の形にばかり目がいくようになってしまった。

新潮社 波
2018年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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